抄録
【目的】多方向へのリーチは日常生活場面で頻繁に用いられる.リーチは上肢運動に加え,その円滑性を保障すべき姿勢制御が重要とされる.前方リーチ時の手の運動軌道は直線的であることが報告されているが,リーチ方向の違いが及ぼす影響やリーチ時の体幹運動を検討した報告は少ない.本研究では,リーチ方向の違いが手の運動軌道,頚部・体幹の運動戦略に与える影響を検証することを目的とした.<BR>【方法】研究内容は本学の疫学倫理審査委員会の承認を得た.対象は健常男性14名(平均:22.8歳)であり,文書及び口頭にて説明し,同意を得た.測定には3次元動作解析装置(VICON612)を使用し,サンプリング周波数は60Hzとした.マーカーを第7頚椎(C7)・第10胸椎(Th10)・第3腰椎(L3)棘突起,右側上腕骨外側上顆(肘)と橈骨茎状突起(手),両側肩峰と上後腸骨棘に貼付した.課題は端座位から,予め最大リーチ距離に設置された円柱の木片を掴むものとした.リーチ方向は前方,側方,下方の3方向とした.目標の高さは前方と側方は肩峰高,下方は膝高とした.分析項目は手マーカーの移動距離(mm),直線運動と実際の手の運動軌道で構成される面積(SE:sum of error)を直線移動距離(D:distance)で除した値(SE/D),各身体部位の手運動に比した相対的な運動開始・停止のタイミング(%)及び移動距離(mm)とした.統計学的解析は,前方―側方間,前方―下方間で対応のあるt検定を用い,有意水準0.05未満とした.<BR>【結果】前方―側方間での比較では,手マーカーの移動距離・SE/Dに有意差を認めなかった.運動停止のタイミング(平均%:前方/側方)は,C7:2.9/6.9,肩峰:0.1/4.1,肘:-0.8/3.2であり,側方は有意にC7・肩峰・肘の停止が遅延していた.側方の全身体マーカーの移動距離は有意に短かった.前方―下方間の比較では,手マーカーの移動距離(平均mm:前方/下方)は698.3/753.0と下方で有意に長かった.SE/D(平均:前方/下方)は矢状面で4.4/3.6,水平面で4.5/2.3と下方が有意に小さかった.運動開始・停止のタイミングに有意差を認めなかった.各身体マーカーの移動距離(平均mm:前方/下方)はC7:394.1/548.7,Th10:306.0/399.8,L3:185.1/223.5,肩峰:438.2/589.5であり,下方でC7・Th10・L3・肩峰が有意に長かった.<BR>【考察】前方に比して側方へのリーチは,体幹の運動量は少ないものの停止時の支持基底面が狭く,より高度な姿勢制御が要求され,運動停止が遅延したと考えられた.前方に比して下方へのリーチでは,骨盤より上部に位置する体幹の運動量がより必要であり,リーチ距離に影響を与えていると考えられた.<BR>【まとめ】リーチ方向の違いが,手の運動軌道の直線性や体幹の運動戦略に影響を与える可能性が示唆された.各身体部位で要求される役割が異なることを踏まえた,理学療法評価・練習が必要である.<BR>