抄録
特別支援教育では、児童生徒の多様化に伴い「個に応じた指導」の重要性が高まっており、その基盤として正確な実態把握が求められている。しかし、教員養成段階からの心理的側面を重視する傾向や、教育実践における行動観察への依存により、生理・病理的要因が見落とされやすいという課題がある。行動の背景を正確に把握することは、適切な支援の選択のみならず、二次障害を未然に防ぐ予防的アセスメントの観点からも極めて重要である。そこで、本研究では、教師による知的障害児の事例記述を対象に、児童の実態が心理的・生理的・病理的側面からどのように理解されているかをテキストマイニング分析によって明らかにすることを目的とする。具体的手法として、インクルDBから抽出した知的障害児の事例30件に対し、KH Coderを用いた共起ネットワーク分析を実施した。分析の結果、心理的側面に該当する記述は76.85%と最も高い出現頻度を示し、生理的側面(40.74%)および病理的側面(32.41%)を大きく上回った。共起ネットワーク分析の結果からは、心理的側面は「意欲」「友達」「関わる」といった語によって構成され、対人関係・情緒的意欲を軸とするクラスターを形成していた。一方、生理的側面は心理的側面の語と複合的に結びつく構造を示し、身体機能に関する語が活動場面や行動表出と同じクラスター内に配置されていた。また、病理的側面は「診断」「発達」等の語とともに周縁部に独立したクラスターを形成し、他の側面との共起は限定的であった。これらの結果は、教師の実態把握において心理的側面が構造的中心を担う一方で、生理的・病理的側面が心理的理解の中に包摂あるいは周縁化される傾向を示唆している。この構造は、行動・心理的側面と、その背景にある生理・病理的要因との区別を曖昧にし、原因と結果の関係を十分に構造化できていないことを示唆する。今後の展望としては、身体機能や感覚特性と結びつけて整理できるような「生理的特性チェックリスト」の開発や、心理的生理的・病理的側面から児童の実態を多角的に捉える「包括的実態把握モデル」の提示が求められる。こうした視点の統合により、個別最適な学びの実現へと繋がることが期待される。