抄録
本稿では中国における生命倫理の言説を対象として、その中に広い意味での宗教性(特定の人間観と世界観)が不可避的に内包されていることを論じる。今まで西洋や日本で提出された生命倫理の主張も、特定の人間観と世界観を前提にしているのであって、中国における生命倫理も基本的には同じである。ただ、中国の生命倫理においては、人間を社会全体の中に位置づけられた存在と規定し、そこから人間の尊厳と責務を演繹するという論理を共有しつつも、論者によって社会全体というものが指し示す内容は異なるために、主張のバリエーションが生じると言える。この中国的生命倫理の特微と言えるものが、伝統文化とどのような関係にあるのかは明言できないものの、それは現代中国における宗教性を表すものと認められる。