一九二五年に癩の根絶を目的として創立された日本MTLは、日本人による初めてのキリスト教団体であった。「救癩」をスローガンとしたこの団体は、しかし、患者の隔離政策を推進していく。患者の療養所への入所を促進した目的は、「救癩」よりも当時の「先進国」のなかでは比較的患者が多かった日本を救うことだった。本稿は、三人のキーパーソン、すなわち初代理事長小林正金、社会活動家賀川豊彦、そして非クリスチャンで医師の光田健輔の関係を検討する。社会福祉に従事していた小林も社会の改良をめざして活動していた賀川も、個人よりも集団に注目する方法を採ってきており、光田の公衆衛生的な癩へのアプローチに容易に共感した。一方、光田はヨーロッパやアメリカのMTLの成果を知っており、キリスト教の(一)組織力、(二)療養所の患者たちの精神を安定させる力、に注目して、癩根絶のためにキリスト教を利用したのである。