レギュラトリーサイエンス学会誌
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日本における譲渡可能な薬事優遇権(TRP:Transferable Regulatory Privilege)の経済価値の試算
伊東 久仁加納 信吾
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2025 年 15 巻 2 号 p. 123-135

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抄録

 希少疾病や顧みられない熱帯病など,採算性の低い疾病に対する医薬品開発に対しては,インセンティブとしてさまざまな薬事優遇制度が多くの国で設定されている.その一例として,米国のPriority Review Voucher(PRV)制度がある.PRVは,小児希少疾病や顧みられない熱帯病用医薬品の開発に成功した企業に対して付与される譲渡可能な優先審査権である.2007年以降,少なくとも53のPRVが発行され,売買されたPRVの平均価格は約1億ドルであった.PRV制度に関する研究は欧米では行われているが,日本では行われていない.そこで,本研究では,日本の薬事制度に適した譲渡可能な薬事優遇権としてTransferable Regulatory Privilege(TRP)を新たに定義し,その経済価値を試算した.日本の薬事制度を考慮し,4つの薬事優遇権(① 優先審査権,② 特許期間延長権,③ 薬価加算,④ 薬価改定幅減免)を譲渡可能とするオプションを仮定した.各オプションの経済価値は,TRPを購入した企業がブロックバスターに適用することを想定し,TRP適用前後での正味現在価値(Net Present Value:NPV)の差分とした.その結果,TRP適用前のベースシナリオにおけるNPVは776億円となった.各オプションの経済価値は,① 審査期間の6カ月間の短縮で66億円,② 特許期間の6カ月間の延長で9.3億円,③ 薬価加算5%あたり37億円,④ 薬価改定幅の1%減免あたり56億円となった.企業にインセンティブを与えるTRPの経済価値として50億円以上と想定した場合,オプション ①,③,④ がその基準を満たす可能性があった.さらに,ステークホルダーの効用と費用のバランスを考慮すると ① が最良の選択肢であることが示唆された.本研究は,日本における譲渡可能な薬事優遇権の経済価値とその実現可能性を評価した初めての研究である.

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