抄録
筆者らは、都市街路網の広域信号機群に対するオフセット制御法を提案し、その有効性を検証してきた。現在用いられている一般的な交通信号機制御方式は、中央コンピュータによる集中制御である。これに対して提案法では、各信号機の自律性と、動的に変化する交通流量情報に基づく信号機間の近接相互作用を用いた制御方式を採る。つまり、自律的なダイナミクスに従う分散系が、近傍情報のみに基づく相互作用を通して、系全体を効率化するような制御方式である。 信号機の動作は周期、スプリット、オフセットの3つのパラメータで記述されるが、このうち、広域制御で最も重要となるのが、隣接信号機間の時間差を表わすオフセットである。例えば、隣接する信号機i,j間のオフセット値Δijは、交通流j→iに対しては、通行車両のj→i間の旅行時間に等しく設定すれば、より多くの車両が交差点を赤信号で停止することなく通行できるため、これを最適オフセット値とする方法が多く採られる。ただし、逆方向の交通流i→jに対しても同様の条件を考慮すると、一般には両者を同時に満たす解はない。まして、多数の信号機群に対して、各隣接有向対j→iごとにその旅行時間に応じて決まる最適オフセット値を全て同時に実現する解はない。即ち、広域信号機群のオフセット制御においては、互いに相反するそれぞれの最適オフセットから、いかに領域全体の交通流を円滑化するオフセットを求めるかが課題となる。 提案手法では、まず、単一信号機の周期的な動作に注目し、各信号機を安定な周期解をもつ微分方程式で記述する。次に、隣接信号機間に相互作用を与えるが、この際、相互作用の存在下でも周期解が安定に存在し、かつ、周期解間のオフセット(位相差)を相互作用パラメータにより自由に制御可能なものを考える。このため筆者らは、各信号機iを位相モデルdφ_i/dt=ω_iで与え、i,j間に一定の位相差φ_i-φ_j=δを生じる引き込み現象が従来より解析されてきた相互作用型の利用を提案してきた。相互作用型として具体的には、位相差δを生じる最も簡単な例として、三角関数型sin(φ-δ)を利用する。このときまた、交通流j→iに対する所望のオフセット値を実現するために、信号機i、jがともに等しく1/2ずつの強度の相互作用項をもつ場合に、連立微分方程式系の解は、互いに一定の位相差をもつ周期解に収束することも示せる。さらに、相互作用強度を交通流量に応じて与えることで、流量の大きい交通流を優先し、領域全体の効率化をはかるものとした。その上でさらに、問題領域に特化したモデルの改良として、1).交差点での右左折流に対しては、右左折に伴う加減速を考慮した最適オフセット値への変更や、2).任意の分岐路数をもつ交差点への拡張、3).優先を表す青矢印信号相への対応、等にも自然に拡張できることを示してきた。 今回は新たに、位相モデルではなく複素ニューロンを用いて各信号機の周期動作をモデル化し、広域オフセット制御への適用に対して同様の検証を行った。複素ニューラルネットワークについては、ホップフィールドモデル様の相互結合系に対して、そのエネルギー関数の存在条件などが解析されている。ここではまず、各ニューロンの入出力関数をある関数型に限定した場合には、複素ニューラルネットワークが前述の位相モデルの相互作用系に帰着される、つまり、位相部分のダイナミクスが位相モデル系となることを示した。また、位相モデル系において解の収束条件を満たす前述の相互作用型が、複素ニューラルネットワークにおけるエネルギーの存在条件と合致することも確認できた。それゆえ、複素ニューラルネットワークも位相モデルと同様に、オフセット制御への有効性が期待できる。これを、各車両を陽に考慮した交通シミュレータを用いた計算機実験によって、2x2, 3x3の格子状街路網や、より大規模で複雑な現実の街路網をモデル化した交通流パターンについて確認した。複素モデルから得られたオフセット値は、位相モデルから得られるものとほぼ同様であった。また、各複素ニューロンの振幅値は、交差点流量を反映し、相互作用強度に影響を与えるが、必ずしも交通流量に比例はしない。 さらに、各交差点での交差交通量に応じてスプリットを変更した実験結果も報告する。位相モデル、複素ニューロンモデルのいずれにおいても、容易にスプリット変更に対応可能である。両モデルでスプリットを変更して得られたオフセット値を用いて、いくつかの交通流パターンでシミュレーションを行った結果、スプリットが均一(全て0.5)の場合に比べて、平均旅行時間が10%以上短縮されることが確認できた。