2024 年 23 巻 p. 79-100
尺度含意 (Scalar implicature, 以降SI) 生成の説明として2つの異なるアプローチがある. SIはデフォルト推論であるとする考え方と文脈に基づいて行われる語用論的な計算の結果であるとする考え方である. これらのアプローチが正しいかどうかを調べるために3つの実験を実施した.真偽判断タスクを用いて, 日本人英語学習者を英語母語話者および日本語母語話者と比較した.先行研究では第2言語 (L2) 学習者は困難なくSIを生成したことが報告されているが, 本研究ではL2学習者が量化詞someに対してよりも, mostに対してSI生成に苦労することが分かった.この量化詞の扱いにおける非対称性は, 英語および日本語L1参加者では観察されなかった. この非対称性は, 理論的文献でしばしば示唆されているように, mostがsomeよりも意味的にも形態統語的にも複雑であることを考えると, 驚くにはあたらないかもしれない. しかし, それでもなおデフォルト語彙アプローチでは, L2学習者は本実験結果よりもうまくデフォルトであるSIが生成できるはずだと予測される. また, 語用論的アプローチでは, mostとsomeの間でパフォーマンスが異なると考える根拠がないため, 実験結果は語用論的アプローチも支持しない.これらの結果から, 本研究は尺度含意生成に対する第3のアプローチ, すなわちSIがそれぞれの量化詞の意味内容の一部であるが, デフォルトではないというアプローチを提案する.