2025 年 24 巻 p. 110-126
本研究は, 第二言語(L2)日本語における複数形態素「たち」の特定性(specificity)に関する制約の習得について「素性再構築仮説(Feature Reassembly Hypothesis, FRH)(Lardiere, 2008, 2009)」の枠組みで調査する.随意的に複数性を標示する日本語の「たち」には, それが接辞した名詞句が義務的に特定的な(specific)解釈を受ける(したがって, 特定の指示対象がない文脈において不適合である)という制約がある.本研究では, L2日本語学習者が「たち」の特定性制約を習得できるのか, また, 同様の特性が母語(L1)にある場合, それによって習得が促進されるのかを検証する.「たち」と同様に特定性制約を受ける複数形態素(-tul)がある韓国語と, 複数形態素(-s)が特定性制約を受けない英語がL1であるL2日本語学習者を比較した.容認性判断実験の結果から, (統制群として参加した)L1日本語話者が特定性制約を感知していることがわかった.一方でL2日本語学習者は, L1話者と類似した傾向を示しているものの, 当該制約への感度がL1話者ほど明確ではなく, また, その点において, 学習者のL1による差があることを示唆する証拠は得られなかった.しかし, 個人分析の結果は, それぞれのL2学習者集団において, 数名の上級レベルの学習者が明確に制約を感知していることを示しており, 当該制約のL2習得が少なくとも可能であることが示唆される.これらの結果にみられる「たち」のL2習得の困難性とL1の影響の不在は, 「たち」が, 通常の複数性(plurality)と特定性に加えて, 連合複数性(associativity)(「xとそれに関連する他者」を指す解釈)という複数の意味を持つことによる形式と意味の対応づけ(form-meaning mapping)の不透明性に起因するものであると考える.また, FRHに基づけば, 習得対象のL2の語彙項目にそれと類似するL1の語彙項目の素性をマッピングするための前提条件として, 形式と意味の対応関係が検知される必要がある(さもなければL1の転移やL2習得が起きることはない)ことから, 習得上の課題は最初の素性マッピング(feature mapping)にあると考えられ, 本研究の結果はFRHの枠組みで説明することができる.