1990 年 22 巻 9 号 p. 1111-1116
新しく開発されたIa群抗不整脈薬であるcibenzolineは,disopyramideと同等の有効性を有しながら,抗コリン作用が少ないという利点を持つ.急性心筋梗塞後にみられた発作性心房粗動の予防を目的としたcibenzolineの投与中に,低血糖発作をきたした症例を経験した.症例は78歳の男性.昭和62年12月急性前壁中隔心筋梗塞症で入院した.発症9日目に動悸を伴う心房粗動が認められ,cibenzoline150mg/日の経口投与を開始した.Cibenzoline投与7日目から早朝に一過性の意識レベルの低下が認められ,14日目早朝,錯乱・興奮状態になり27mg/dlの低血糖を認めた,2日後cibenzolineを中止し,中止後16日目には血糖値は正常化した.本症例はグルカゴン負荷6分後のインスリン値が異常高値を示し,潜在性インスリン分泌腫瘍の関与は否定できなかったが,cibenzoline投与中止後現在まで低血糖症状を認めていない.このためcibenzolineが,本症例の低血糖発作の主要な原因であると考えた.Cibenzolineによる低血糖はフランスで7例,米国で1例報告されている.これらの症例では低血糖時の血中濃度が中毒域であったが,本症例では低血糖時に測定した血中濃度は治療域であった.また,米国例に比べて本症例では低血糖が遷延した.Cibenzolineによる低血糖の発症機序は明らかにされていないが,本症例ではインスリン過剰分泌とグルカゴン分泌障害が関与していると考えられた.