抄録
人びとにとって自殺動機の付与/帰属は、他者の突然の死が自殺であることに〈合理的〉な説明を与え、かつ誰がその死にたいしていかなる責任がある/ないかを明らかにするうえで、不可欠な活動である。しかし社会学は、動機付与/帰属にかんする厖大な研究の蓄積があるにもかかわらず、当該活動の研究に背を向けてきた。デュルケムが『自殺論』において、人びとが付与/帰属する自殺動機の資料的価値を全面的に否定したためである。デュルケム自殺論を全面的に否定し、自殺者本人の「自殺の社会的意味」を解明する質的解釈的研究を提唱したダグラスも、人びとによる自殺動機付与/帰属活動を研究上の射程におさめられなかった。彼が自殺者自身にとっての動機のみをアプリオリに特権化したばかりか、自殺動機を個人の内奥にある特権化された不可視の〈感情〉〈こころ〉のなかにあるとしていたためである。アトキンソンの〈プロト成員カテゴリー分析〉と呼びうる研究プログラムは、〈Why からHowへ〉という研究上の焦点の変更もあり、自殺動機付与/帰属活動の社会学的研究を飛躍的に進歩させた。これからの自殺動機付与/帰属活動の社会学的研究は、「動機の語彙」にかんする厖大な研究成果と成員カテゴリー分析の成果、とくに「述部」概念を参照し、アトキンソンの研究プログラムを発展させるべきであろう。