抄録
神経系副作用は臨床試験で明らかになることが多い一方、神経系の新薬が臨床的に有効性を得るのは非常に難しい。言い換えれば、臨床試験の前段階である非臨床試験で中枢神経系における新薬の作用を予測することがいかに難しいか、ということを示している。中枢神経系は、ヒトをヒトたらしめる「認知、記憶、学習」といった高次機能を司る、ヒト独自の構造を備えた臓器である。大脳皮質は6層の神経層から成り立ち、それぞれの神経層が局所的な神経回路を形成している。神経細胞はその機能や伝達物質によって非常に多くの種類に細分化される。しかし、最も根幹となる回路機能においては、興奮性神経細胞によって伝達される電気信号が、抑制性神経細胞による出力強度調節を受けている。個々の神経細胞同士は物理的につながっておらず、シナプスという微細構造によって、神経細胞同士の信号がやりとりされる。前シナプス部では電気信号が化学物質の信号に変換され、次の神経細胞に存在する後シナプス部の受容体に作用して電気信号が伝わる。このように、構造と機能が階層的にリンクして高次機能を発揮する中枢神経系を、in vitro実験でどこまで再現できるか、という命題は、創薬の現場において大きな課題として長らく残されたままであった。各臓器における副作用の非臨床試験と臨床試験での検出件数を比較してみると、中枢神経系の副作用の非臨床試験からの予測率は突出して悪い1)。臨床試験協力者の安全性上のリスクを低減し、開発コストの莫大な損失を避けるため、神経系非臨床試験におけるヒト予測性向上を目指した絶え間ない努力が産官学で続けられている。本稿ではその中でも、近年、特に期待の大きいヒトiPS細胞由来神経細胞(hiPSC-neuron)を用いたin vitro安全性薬理評価系開発の現状について紹介する。