抄録
薬の経口投与は、非侵襲的かつ利便性に優れていることから最も多く用いられている投与法であり、投与された薬物は通常小腸でほとんど吸収される。現在、薬物の体内動態や消化管毒性を予測するために、実験動物が用いられる場合があるが種差の問題がある。一方、ヒト結腸がん由来Caco-2細胞は、小腸上皮細胞の代わりに広く用いられているが、薬物代謝酵素活性が低く、薬物の膜透過特性も正常細胞と異なる。また、Caco-2細胞は株化された単一細胞種であることから消化管毒性をどこまで正確に反映できるかは疑問である。特に、腸の杯細胞から分泌される腸管粘液の主要成分は分泌型のMucin 2(MUC2)であるが、Caco-2細胞はほとんど発現していない。この様にCaco-2細胞は小腸モデルとして使用するには多くの問題がある。このため、薬物動態試験や安全性評価に生体の腸管組織を使用するのが望ましい。しかし、腸管組織は寿命が短く、生体外で機能を維持したまま培養する技術が確立されていないため、正常細胞の入手は極めて困難である1-3)。
ヒト人工多能性幹(induced pluripotent stem: iPS)細胞は、増殖性に優れ、生体を構成する全ての細胞に分化可能であることから、再生医療とともに創薬研究支援材料としての利用が期待されている。本稿においては、ヒトiPS細胞の創薬研究支援材料への利用を目指した筆者らの取り組みとして、小腸上皮細胞への分化誘導とその性質を利用した安全性評価への応用例を紹介する。