2020 年 17 巻 p. 104
「テモラッテモイイデスカ」は、気になる表現として度々取り上げられてきたものの、その評価は分かれている。本発表では、「新しい表現」の一例として「テモラッテモイイデスカ」の実態調査および意識調査を行い、この表現に対する評価が分かれる要因を考察した上で、「新しい表現」の日本語教育への位置づけを検討した。
実態調査では、まず『現代日本語書き言葉均衡コーパス(Balanced Corpus of Contemporary Written Japanese)』を対象に書き言葉の用例を13件収集した。内訳はモラウ系11件、イタダク系2件であり、言語形式のバリエーションは「テモラッテ(モ)イイカナ」5件、「テモラッテ(モ)イイ(ヨイ)デスカ」3件を始めとする4種類であった。次にテレビ番組を調査し話し言葉の用例を16件収集した。内訳はモラウ系10件、イタダク系6件であり、バリエーション別では「テモラッテ(モ)イイデスカ」7件、「テイタダイテ(モ)イイデスカ」4件を始めとする5種類であった。これらは書き言葉と異なる傾向が表れた一方で、後の発話調査との共通性も見られた。また、20~80代まで男女16人の発話に観察された。意識調査は、20~60代の日本語母語話者、男女9名を対象に発話調査、選択肢調査、フォローアップインタビューを行った。調査協力者の語りから、コミュニケーション主体が従来指摘されてきた「丁寧さ」「配慮」「恩恵」「親しさ」の明示にとどまらず、人間関係や場、形式などの要素を考慮し表現を選択している意識が明らかになった。コミュニケーション主体の意識は「申し訳なさ」、「相手への期待」の明示、「自己の見え方への意識」など多様であり、また、親疎関係より上下関係やそれに伴う利害関係を意識したり、自分の言語観に照らし合わせ、時に「打算的に」表現の使用不使用を判断したり、使用する場合はバリエーションの選択を行ったりしていた。このように「テモラッテモイイデスカ」は工夫しやすい表現として積極的に選択されていた。一方で、コミュニケーション主体が適切だと捉える形式や手段とのずれが認識されると、この表現を否定する意識につながっており、評価の分かれる要因となっていた。
生活者としての学習者が増える中、円滑なコミュニケーションを目指す表現の工夫として、日本語教育は「新しい表現」を否定的な文脈で語るだけではなく、その言語的役割、その表現を用いるコミュニケーション主体の意識や背景を知る努力が求められている。