抄録
【症例紹介】81歳,女性,右利き.平成18年2月12日発症.発症当日のCTでは,右頭頂葉・後頭葉に出血巣を認めた.3月11日リハビリ目的で当院に転院.翌日よりPT・OT・ST開始.行動性無視検査(BIT)通常検査では75点と半側空間無視が認められ,標準注意検査法(SCAA)は検査継続困難な状態であった.身体機能面は明らかな麻痺はみられず,独歩可能であったが半側空間無視の影響により監視が必要でFIM94点であった.入院前は一人暮らしで,ADLは全て自立していた.〈BR〉【経過】注意障害に対しては,リハ開始3週後よりAttention Process Training(APT)を導入し,1日2課題を退院まで継続して行った.半側空間無視に対しては,5週後よりロッド課題を導入し5週継続して行った.3ヵ月後では監視下での階段昇降可能となり,さらに6ヶ月後では院内歩行自立, BIT通常検査111点と改善がみられ,FIMも104点となったが,半側空間無視,注意障害は残存していた.記憶障害に対しては,間違いが発生した場合,その都度正否のフィードバックをしていたが改善がみられなかった.そこで人名記憶と道順記憶それぞれについてエラーレス学習(EL)法を試行し,人名記憶では導入から2週後には人名を正しく言えるようになり,外来通院時にも間違えることがなくなった.道順記憶では導入から4週後には道順を間違うことなく一人での移動が可能となった.〈BR〉【考察】注意障害,半側空間無視では,検査上での改善は認められるものの,日常生活での問題が残存することは,多くの文献でも述べられていることであるが,全ての認知機能の基盤ともいえる注意障害の改善は,FIMの改善につながるものであったと考える.多くの高次脳機能障害をもつ症例では,それぞれの障害を改善させる事も重要であるが,日常生活への影響を最優先すべきである.本症例では,正否のフィードバックで十分な学習効果が得られなかったにも関わらず,EL法導入以降明らかな行動改善がみられており,有効性を立証したものとなった.更にこれは道順や人名記憶だけでなく,動作・運動学習など幅広い方面での応用が期待できると考える.ただし,ここで注意すべき点は,EL法は記憶障害そのものを改善させるのではなく,効率よく学習する方法であるということである.高次脳機能障害が残存したまま自宅に戻り,病院とは違った新しい環境で生活を始める場合には,半側空間無視や注意障害を考慮した様々な動作を学習していく必要があり,実際の生活場面で効率よく学習できるように,家族に対して指導していくことも重要であると考える.高次脳機能障害に対しての知識を向上させることにより,ADLの向上,適切な家族指導が可能となるばかりか,共通言語の獲得により他部門との意見交換や共通の目標設定が可能となり,周囲への啓発にもつながるのではないかと考える.