抄録
【はじめに】
右上肢挙上時の右胸背部痛に対して前足部機能の改善を目的に運動療法を行い、症状の改善につながった症例を経験した。本症例における胸背部痛と前足部の関係について考察したので報告する。なお、症例には本発表の主旨を説明し、同意を得ている。
【症例紹介】
症例は10歳代後半の女性でバドミントン部に所属している。2週間前より、バドミントンにおけるラケット操作時に右背部から胸部にかけての疼痛を自覚した。徐々に疼痛が増悪したため当院を受診し、理学療法を開始した。
【画像所見】
単純X線像において側面像では著明な変化を認めなかったが、正面像において中位胸椎の側弯を認めた。
【初期理学所見】
上肢挙上90度において右背部から胸部にかけて疼痛を訴えたが、肩甲上腕関節の可動域には問題がなく、疼痛部位には圧痛を認めなかった。胸椎の屈曲、伸展、両側回旋すべてにおいて右背部から胸部にかけて運動時痛が出現した。体幹のアライメントは胸椎過後弯、腰椎過前弯であり、Kendallらの姿勢分類におけるkyposis-lordosisであった。歩容におけるダイナミックアライメントの特徴は、股関節が内旋位、後足部が回外位であり、toe-inを呈していた。形態的特徴として、外反母趾傾向であり、前足部の緊張は低緊張であった。股関節の柔軟性は股関節開排において膝―床間距離が両側14横指であり、トーマステストが両側とも弱陽性であった。Straight leg raisingが両側80度であり、オーバーテスト、腰椎後弯可動性テスト(以下、PLFテスト)は胸背部痛のため測定が出来なかった。
【治療および経過】
母趾外転筋および足内筋のエクササイズを行い、即時的に股関節開排が両側7横指と改善を認め、上肢挙上が120度可能となった。セルフエクササイズとして足部の自動運動を指導し、母趾外転筋、短母趾屈筋の促通を目的にテーピングを貼付した。胸椎の運動時痛はほとんど変化がなかった。初期評価より3日後、胸椎の運動時痛が5/10(初期を10とする)に軽減し、上肢挙上が145度可能となった。オーバーテストは右が強陽性、左が陽性であり、PLFテストでは下位腰椎の伸展拘縮を認めた。そのため、腸腰筋、恥骨筋、大腿筋膜張筋の伸張性改善、下位腰椎の屈曲可動域拡大を目的とした運動療法を追加した。初期評価より1週間後には胸椎の運動時痛が1/10とほぼ消失し、上肢挙上が180度可能となった。また、toe-in歩行が是正され、競技復帰が可能となった。初期評価より3週後にはトーマステストが両側とも陰性、開排が両側2横指、オーバーテストが両側とも弱陽性となり、胸椎の運動時痛が完全に消失した。競技復帰による疼痛の再燃も認めなかったため理学療法を終了した。
【考察】
本症例は当初、右上肢挙上時における右背部から胸部にかけての疼痛の訴えであったが、肩甲上腕関節に問題がなく、中位胸椎部の運動時痛であった。疼痛出現部位に圧痛を認めなかったことより、本症例における症状は中位胸椎椎間板に関連する疼痛と推察した。中位胸椎椎間板へのストレスが集中した原因として、体幹のアライメントが胸椎過後弯、腰椎過伸展を呈しているため、胸椎の可動性が制限され、その状況下でラケット操作を多用したことによるものと考えた。胸椎の過後弯は腰椎の過前弯に伴って生じ、腰椎の過前弯は前足部の支持性低下に対する代償動作として、股関節内旋位を呈したことによるものと推察した。つまり、本症例のダイナミックアライメントを規定する要因は前足部機能の低下にあると考えた。そのため、足内筋機能の改善を目的に運動療法を行ったところ、即時的に股関節周囲筋の可動域が拡大するとともに上肢挙上角度も改善を認めた。本症例のポイントは、足部機能の低下が本症例における股関節周囲筋の筋活動と体幹のアライメントに最も影響を与える要因であると気付けたことであった。腰椎の過前弯、胸椎の過後弯を呈する症例が股関節の可動域制限を有する場合、股関節に対するアプローチを選択しがちである。しかし、本症例は足部へのアプローチにより股関節周囲筋の筋緊張が改善することで腰椎の過前弯、胸椎過後弯が是正され、中位胸椎の安静が保たれたことによって症状の消失に至ったと推察された。症例が訴える症状に何が関与するかを把握するためには、足部を含めた全身の評価が重要であることを再認識した。