抄録
【目的】
糖尿病患者を対象とした有酸素運動の実施において、運動の負荷強度が同等であっても、対象によって運動後の血糖値の低下が惹起されない場合がある。そのため、効果的な運動療法の実施のためには、対象の代謝特性に合わせた運動負荷の設定が必要である。自転車エルゴメータを用いて運動処方を行う際、身体負荷量は回転数とペダルの重さから決定される。特に心拍一定条件での運動の場合、身体負荷量の設定は高回転・低負荷と低回転・高負荷の2種類に大別され、特に高回転運動において血糖値が低下しやすいことが示されている。つまり各回転数間の血糖値の変化は、心肺系への負荷に左右されない、対象の骨格筋の代謝特性(特に無酸素過程によるエネルギー代謝)を反映すると考えられる。そのため、血糖値の変化から対象を群分けし比較検討することで、血糖低下の有無を決定する代謝特性を明らかにできると考えられる。
そこで本研究は、低強度の心拍一定負荷運動において、低回転と比較した高回転運動後の血糖低下の有無で対象を群分けし、運動により血糖値が低下しにくい群の代謝特性について検討することを目的とした。そして血糖値が低下しにくい群に対する適切な負荷設定の方法について検討した。
【方法】
対象は健常成人男性18名(年齢21.7±2.0歳,身長172.2±5.5cm,体重58.8±7.6kg)とした。対象者は安静5分、準備運動5分の後、予測最大心拍数の30%での心拍一定負荷の下、40rpmと80rpmの二つ運動を30分間行った。血糖値は、運動開始直前から75gブドウ糖負荷試験を実施し、運動終了直後、30分後、60分後,80分後に測定した。そして各回転数間で血糖値の差の合計を求め、高回転運動で血糖値が低下した群を「低下群」、増加、もしくは不変だった群を「増加群」として検討した。測定項目は、安静時心拍数(HRrest)と、40rpmの運動時の内的仕事率(PIT)・酸素摂取量(VO2)・乳酸蓄積量(?Lac)・有酸素エネルギー消費量(Earo)・無酸素エネルギー消費量(Eana)とした。二つの運動の順番は対象ごと無作為に決定し、運動の間隔は最低でも1日以上あけて行った。
PITは、エルゴメータのペダル回転周波数から求める内的仕事量と、自転車エルとメータに表示される外的仕事量から、Minettiらの計算式により求めた。 ?Lacは運動前後の乳酸値の差から求めた。EaroはVO2と呼吸商からLuskらの計算式を用いて、Eanaは?Lacと体重からdi Pramperoらの計算式を用いて算出した。統計学的検討として、各測定項目について独立2群のt検定を行った。有意水準は全て危険率5%未満とした。
【結果】
HRrestは群間で有意差を認めなかった(低下群69.6±9.9bpm, 増加群70.4±8.9bpm, P=0.84)。PITは低下群(3.6±0.3W)の方が増加群(4.8±1.0W)と比較して有意に低値を示し(P<0.05)。VO22は群間に有意差を認めなかった(低下群21.5±3.8ml/min/kg, 増加群19.9±5.3ml/min/kg, P=0.47)。?Lacも群間に有意差を認めなかった(低下群0.3±0.3mmol/dl, 増加群0.5±0.7mmol/dl, P=0.49)。Earoは群間に有意差を認めなかった(低下群297.5±134.4W, 増加群288.9±139.2W, P=0.90)。Eanaも群間に有意差を認めなかった(低下群15.3±12.6W, 増加群 30.3±27.5W, P=0.16)。
【考察】
PITとは、総仕事量に占める内的仕事量の割合であり、内的仕事量とは作業筋自身が重心周りの運動のために出力する仕事と定義されている。また内的仕事量の出力には無酸素過程によるエネルギー消費が関与していると言われている。今回、PITは増加群の方が大きかったことから、増加群は総エネルギー消費に占める無酸素エネルギー消費の割合が大きいことが考えられる。つまり増加群は低下群と比較して末梢の骨格筋の有酸素代謝能力が低く、早期に無酸素系が動員されやすい特徴があり、筋への負荷量が相対的に大きくなっていると言える。一方低下群は、PITが低かったことから、無酸素過程によるエネルギー消費の割合が少なく、筋の有酸素代謝能力が高いと考えられる。そのため効率よく糖を燃焼することができ、血糖値が低下しやすかったと考えられる。以上のことから、運動処方の際には、運動に先立ってPITを測定することで、血糖低下の有無を判断できる可能性が示唆された。そして実際の運動の際には、血糖値が下がりにくい群は筋への負荷量が大きい可能性があるため、より低回転・低強度での運動が適していると考えられる。
【まとめ】
血糖値が低下しにくい群は、無酸素過程によるエネルギー消費が動員されやすい結果、相対的に筋への負荷量が大きくなり、PITが増加していることが示唆された。そのため今後は低強度・低回転での有酸素系を動員した運動処方の実施に加え、PITを利用した代謝能力の評価が必要であると考えられる。