抄録
これまでの抗がん剤の多くは、癌細胞における核酸合成や修復・細胞分裂過程に作用するものであったため、正常細胞の増殖にも影響を及ぼすことに由来する毒作用が主たる表現系として現れていた。一方、癌分子標的薬は、基本的には腫瘍細胞に特異的に作用する事を目的に開発されたものであり、自ずと正常細胞への毒作用の現れ方は異なる事になる。
現在、分子標的薬としては、主としてチロシンキナーゼ阻害剤系統のものとモノクロナール抗体系統のものと大別され、様々な側面から研究・開発されてきている。チロシンキナーゼ系としては、タルセバ、グリペック、イレッサ、スーテントなどがあり、適用腫瘍も増加しつつあるが、薬効となる標的薬理作用から派生すると思われる共通の毒作用に加えて、夫々分子標的が異なる点から生じると解される薬物固有の毒作用が提示されている。より広範な腫瘍を適用対象とする薬剤が求められる中で、分子標的も多岐に及ぶ傾向にあり、毒作用の広がりに一層の注意を払う必要がある。一方、モノクロナール抗体系としては、リツキサン、ハーセプチンなどがあり、抗体医薬における毒性評価の対象となるとともにその薬剤特有の毒作用も検討対象とされる。昨年、TGN1412の臨床試験で起きた事故は、モノクロナール抗体といえども前臨床での毒性評価が重要であることを改めて認識させた事例と言えよう。
本報では、分子標的薬としてのチロシンキナーゼ系薬物における前臨床評価に関して、薬効と毒作用の観点から安全性の評価について言及する。更に、タルセバやイレッサによる間質性肺炎等、臨床で問題となっている副作用について、非臨床安全性試験からの予測性についても考察を加えたい。