抄録
フタル酸エステルの一種で、塩化ビニル樹脂の可塑剤としてレザー、フィルム、壁紙などに広く使用されているdiheptyl phthalate(DHP)は、ラットに精巣障害を引き起こすのみならず、肝重量の増加や肝細胞の空胞変性を誘発することが報告されている。本物質は、PPARαアゴニストに分類されることから、肝発がん性の可能性が推察されるが、その遺伝毒性や発がん性については明確にされていない。一方、PPARαアゴニストは、活性酸素種を産生することから、酸化的ストレスに続発する遺伝子障害性が発現するとの報告が最近なされている。そこで、我々は、DHPにin vivo肝イニシエーション作用があるか否かを明らかにするため、以下の実験を行った。【方法】雄F344ラットに部分肝切除を実施し、12時間後にDHPあるいは媒体を毎日1、3ないし14回強制経口投与した。その14日後から10日間2-アセチルアミノフローレン(2-AAF)の混餌投与を行い、その間にCCl4を単回強制経口投与した。11日間の休薬期間後、肝臓と精巣を摘出し、重量を測定すると共に肝臓についてはラット前癌病変マーカーである胎盤型グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST-P)抗体を用いた免疫染色を実施した。【結果】DHP1、3、14回強制経口投与群では、精巣重量が対照群に比べ有意に減少したが、肝重量では有意差は見られなかった。GST-P陽性細胞巣の数や面積においては、DHP1または3回投与群と対照群との間に有意な差はなかったが、14回投与群では、その数と面積は有意に増加した。【結論】DHP14回強制経口投与でイニシエーション作用を示したことから、2週間にわたる反復投与をしない限り、DHPはin vivo遺伝毒性を示さないことが示され、DHPが遺伝毒性発がん物質である可能性が推察された。