抄録
妊娠期間中は代謝酵素の活性の変動や糸球体ろ過速度の上昇などの生理的変化を生ずることが知られており、非妊娠時とは異なる薬物動態や毒性を示す可能性がある。しかしながら妊娠動物を用いる生殖発生毒性試験において、妊娠が母動物の薬物動態や毒性に及ぼす影響は十分に研究されておらず、非妊娠動物を用いた一般毒性試験で得られたデータと異なる場合においても科学的な解釈がなされていない。そこでタンパク結合率の変動に焦点をあてて検討を行った。その結果、妊娠後期である妊娠20日目のSDラットの血清タンパク質濃度は非妊娠ラットに比べ低く、アルブミンへの薬物の結合を阻害する遊離脂肪酸(NEFA)の血清濃度は高かった。次にアルブミン高親和性であるジクロフェナク、およびα1-酸性糖タンパク高親和性であるプロプラノロールをそれぞれ単回静脈内投与および経口投与し、血漿中総薬物濃度と遊離型薬物濃度を測定した。ジクロフェナクについては消化管の病理組織学的検査も行い、TK/TDを比較検討した。その結果、妊娠ラットにおいて、ジクロフェナクの遊離型濃度のC0が2.4倍、Cmax、AUCがともに約4倍増加した。一方、総濃度のC0、Cmaxはともに約1/2に減少し、AUCは2倍未満の増加であった。病理検査の結果、静脈内投与、経口投与ともに妊娠ラットで消化管障害の程度が強かった。以上のことから、血清タンパク質の濃度低下とNEFAの濃度増加によりジクロフェナクのタンパク結合率が低下し、遊離型濃度が増加したため毒性が増強されたと考えられた。一方プロプラノロールでは、妊娠ラットと非妊娠ラットの間に顕著な曝露差は認められなかったが、Scatchard plotによる結合動態の解析の結果、低濃度域で妊娠ラットの遊離型濃度が高くなる傾向が確認された。以上、妊娠ラットにおいて、遊離型薬物濃度の増加に伴い、毒作用が増強する可能性が示唆された。