抄録
現在、米国を中心に処方薬乱用が問題になっており、その上位を締めているのが鎮痛薬である。一方、モルヒネ等のオピオイド鎮痛薬は本邦においてもWHO方式がん疼痛治療法に従い広く用いられているが、その使用量は先進諸国の中で最も低い状態にある。この原因はモルヒネなどの医療用麻薬に対する誤解のためと考えられる。そこで、鎮痛薬に焦点を当て、疼痛下のオピオイド鎮痛薬の報酬効果を中心に紹介する。演者らはホルマリンやカラゲニンをラットの足蹠に投与して炎症性疼痛モデルを作製した。この疼痛モデルを用いて、モルヒネ等のオピオイド鎮痛薬の報酬効果が有意に抑制されることを明らかにした。さらに、この抑制機構にκオピオイド神経系が関与し、炎症性疼痛下におけるモルヒネの精神依存の形成抑制はκ受容体拮抗薬の前処置により消失した。さらに、中脳辺縁ドパミン神経系の投射先である側坐核におけるモルヒネ誘発ドパミン遊離亢進は炎症性疼痛下で有意に抑制され、この抑制もκ受容体拮抗薬の前処置により消失した。したがって、炎症性疼痛下ではκオピオイド神経系が亢進され、その結果モルヒネの精神依存の形成が抑制されることを示唆した。次に、マウスおよびラットの坐骨神経を半分強く結紮して神経障害性疼痛モデルを作製した。この神経障害性疼痛モデルを用いて、モルヒネ等のオピオイド鎮痛薬の精神依存を同様に検討したところ、いずれのオピオイド鎮痛薬による報酬効果の形成も有意に抑制された。この抑制機構は炎症性疼痛と異なり、主に中脳辺縁ドパミン神経系の起始核において内因性βエンドルフィンが過剰に遊離されるため、腹側被蓋野に分布するμオピオイド受容体の機能低下が誘発されることに起因することを明らかにした。以上のことから、がん疼痛治療にモルヒネなどのオピオイド鎮痛薬を適正に使用すれば依存性が問題になることは殆どないと考えられる。