抄録
【目的】金属を分子構造に組み込んだハイブリッド分子は有機合成反応に不可欠な存在であるが,その毒性はほとんど不明である。本研究の目的は,新しい「ハイブリッド分子の毒性学」の緒として,有機金属化合物の細胞毒性に及ぼす導入金属の影響を調べることである。【方法】ウシ大動脈内皮細胞,同平滑筋細胞,ブタ腎上皮LLC-PK1細胞およびヒト胎児肺由来IMR-90細胞を有機ビスマス化合物(PMTABi,TDPBi,DAPBi)またはそのアンチモン置換体(PMTAS,TDPSb,DAPSb)で処理し,細胞傷害性を形態学的観察で評価した。細胞内に蓄積した有機ビスマスおよび有機アンチモン量をそれぞれビスマスおよびアンチモン量としてICP/MSによって測定した。【結果および考察】有機ビスマス化合物のうち,PMTABiおよびDAPBiは検討したすべてのcell typeに細胞毒性を示した。TDPBiは内皮細胞とLLC-PK1細胞に対して細胞毒性を示したが,血管平滑筋細胞とIMR-90細胞には細胞毒性を示さなかった。有機アンチモン化合物のうち,TDPSbは内皮細胞に対してのみ細胞毒性を示した。有機アンチモン化合物はほとんど細胞内に蓄積しなかったが,有機ビスマス化合物は蓄積が認められた。X線結晶構造解析では,有機ビスマス化合物と対応するアンチモン置換体の三次元構造の違いはわずかであった。以上の結果は,(1)一般に,無機ビスマスの細胞毒性は低いが,有機ビスマス化合物は高い細胞毒性を示す,(2)一般に,分子構造が同じ場合は有機アンチモン化合物の細胞毒性は低い,(3)有機ビスマス化合物と有機アンチモン化合物の細胞毒性の差はわずかな三次元構造によって生じる細胞内蓄積量の差に起因する,および(4)cell-type dependentな細胞毒性を示す有機ビスマス化合物が存在する,ことを示唆している。