抄録
【目的】室内環境中の化学物質はシックハウス症候群や喘息等の主要な原因、あるいは増悪因子となることが指摘されているが、そのメカニズムについては不明な点が多く残されている。フタル酸エステル類は塩化ビニル樹脂用の可塑剤としてのみならず塗料や接着剤等の用途に幅広く用いられており、空気中への揮散及びハウスダストへの吸着等によって室内環境を汚染していると考えられる。そこで本研究では、気管支喘息にも深く関与することが示唆されている侵害刺激受容体であり、ホルムアルデヒド等の揮発性有機化合物によって活性化されることが既に明らかにされているTransient Receptor Potential (TRP) V1及びTRPA1に対するフタル酸エステル類及びその加水分解生成物の影響について検討を行った。
【方法】ヒトTRPV1及びTRPA1の安定発現細胞株を用いて、細胞内Ca2+濃度の増加を指標としてイオンチャネルの活性化能を評価した。Ca2+濃度の測定にはFLIPR Calcium 5 Assay Kitを用い、蛍光強度の時間的な変化をFlexStation 3で記録した。
【結果および考察】Diethyl phthalate、Di-n-octyl phthate、Monobutyl phthalate、Monobenzyl phthalate、Monoethylhexyl phthalate及び2-Ethyl-1-hexanol がTRPA1対して活性化作用を有すことが明らかになった。また、Monoethylhexyl phthalate及び2-Ethyl-1-hexanolはTRPV1に対しても弱いながらも活性化作用を示すことが判明した。これまでの研究によってハウスダスト中にBis(2-ethylhexyl) phthalate (DEHP)が高濃度に存在することが報告されており、著者らは加水分解によって生じるMonoethylhexyl phthalate もハウスダスト中に存在することを明らかにしている。また、DEHPの加水分解物である2-Ethyl-1-hexanolは、溶剤としても広く使用されており、シックハウス症候群との因果関係も指摘されている。従って、これらの物質が、TRPV1及びA1の活性化を介して気道過敏の亢進等を引き起こしている可能性も考えられる。