抄録
化学物質の毒性の評価には通常、動物を用いた試験が行われ、きわめて長い期間、莫大な費用と多数の動物が必要である。近年では動物愛護の観点から毒性試験が問題になっており、特に欧州では動物実験に対して厳しい法規制がとられている。したがって、化学物質の毒性を動物実験により評価することが困難になりつつある。そこで、毒性評価の動物実験に代わる手段として、コンピュータを用いる毒性の予測技術が注目されている。化学物質の毒性予測の原理は、類似の構造をもつ化学物質(同族体)は類似の毒性を示すという「構造活性相関」である。特に、同族体群について化学構造を反映する記述子と毒性データとの相関を解析する「定量的構造活性相関(QSAR)」に基づき、化学物質の構造から毒性を予測することが可能となる。これにより、多数の動物を用いる毒性試験が不要になり、化学物質の安全管理の観点から大きな意義がある。また、新規の化学物質を合成、製造する前にその毒性を事前に評価することも可能になり、新規化学物質の開発にとっても意義が高い。このような観点から、化学物質の毒性を構造から予測する手法の研究開発が欧米では活発に行われている。しかし、任意の構造の化学物質の毒性を十分な精度で予測できる手法は未だない。その原因の1つは、毒性予測システムを開発するために必要な信頼性の高いデータの不足である。予測の精度が高く、かつ適用範囲の広い予測システムを開発するためには、できるだけ多数の化学物質について信頼性の高い毒性データを集積した大規模DBの構築が必要である。QSARに基づき化学物質の構造から毒性を予測するシステムはこれまでに多数開発されている。しかし、それらの予測精度は動物実験代替の予測手法としては満足できる性能でない。本講演では、QSARに基づき化学物質の構造から毒性、特に発ガン性を中心に、予測技術の現状を概観する。