抄録
2011年3月11日に発生した東日本大震災によって、東京電力福島第一原子力発電所において稼働していた原子炉が停止した。その後、電源喪失により冷却不能となり放射性物質が放出された。この日を契機に、私たちの多くが、はじめて放射線の健康リスクについて考えることになった。事故当初は、呼吸による吸入や食物、水、そして牛乳の摂取による放射性ヨウ素131やセシウム134、137などの物質の体内取り込みが心配された。しかし、1年以上が経過した現在は、物理的半減期の長い放射性セシウムの一部食品からの取り込みによる内部被ばくと、環境からの低線量・低線量率の長期外部被ばくが問題となる。この様なレベルの放射線影響として心配されるのは発がんであり、原爆被ばく者の疫学調査をもとに被ばく線量と発がんリスクの関係について解説する。また、低線量率の被ばく影響については、動物実験のデータや高バックグラウンド地域の疫学調査から、被ばくのタイプと発がんリスクの関係を考察する。
一方、私たちの生活環境には放射線以外にもたくさんの発がん物質が存在している。日本人のがん罹患率は約50%、死亡率は20~30%であり、発がん原因の7割は食べ物とタバコであることが報告されている。従って、放射線の発がんリスクを考えるときは、放射線単独ではなく生活環境に存在する他の発がん物質との複合影響として考える必要がある。本発表では、動物発がんモデルを用いた放射線と化学物質の複合曝露による発がん影響についての研究結果を紹介する。また、環境中に含まれる毒性物質や放射線のリスクを、研究者がどの様に発信していくべきかを一緒に考えたい。