抄録
急性参照用量(ARfD)は、既知の情報を基に24時間以内に摂取しても健康に何ら影響しない食品および飲料水中に残留する農薬の量をいう。農薬のARfD設定における重要なターゲットは、血液毒性、免疫毒性、神経毒性、初期に認める肝・腎毒性並びに内分泌及び生殖発生に対する影響とされている。食品安全委員会の農薬評価書等について約200の農薬を調べたところ、貧血は23%で見られ、赤血球系パラメターの軽度変化を含めると39%で血液系への影響が報告されている。ARfDの設定においては、標的臓器における暴露初期に認められる毒性所見が重要であることから、ここでは主に血液毒性について述べる。
ARfDの設定に関連する血液毒性の指標として、メトヘモグロビン(MetHb)及び溶血性貧血があげられている。MetHbは活性酸素イオン等の酸化により形成されるが、同時に生体は還元系による回復能をもつ。この還元能には種差がみられる。化合物の動態によっては、MetHbの形成と回復が暴露後速やかに起こる場合がある。溶血性貧血は、赤血球の機械的損傷、免疫介在性貧血、細胞膜の酸化的損傷(ハインツ小体を含む)などの原因で起きる。ハインツ小体はMetHb上昇の2日以降に認める場合が多い。ハインツ小体の出現及び溶血性貧血に随伴する網状赤血球増多および骨髄造血能亢進は、いずれもARfD設定の指標になると考えられるが、単回暴露後の血液指標は経時的変化を示す場合が多い。これらARfDの設定に関与する諸点については、農薬等の化学物質の短期暴露後の血液学的影響を例示し、問題点等を含めて考察したい。
ARfDの設定にあたっては、あらゆるデータを収集し、作用メカニズムを理解した上で進めること、血液学的には必要に応じて反復投与試験等の初期段階で採血して毒性情報が得られれば、より信頼性の高いARfD値を導くことが可能と考えられた。