抄録
近年,各種環境化学物質がそれぞれ特異的な転写因子や核内受容体(AhR, Nrf2, RXRalpha, PPARalpha, PPARgamma, ER, GR等)に作用して,細胞の分化かく乱や増殖抑制をひきおこす例が報告されてきた。中でも,AhR (Aryl hydrocarbon receptor) を介して発現するダイオキシン類の細胞分化・増殖かく乱作用に関する広範な研究は,転写因子を介した化学物質の毒性発現研究のプロトタイプとなっている。
ダイオキシン類はAhRに高い親和性をもつ化合物であるが,AhRのリガンド特異性は比較的緩く,種々の化学物質がAhRのリガンドとなる。これらのリガンドが結合して活性化したAhRは核移行し,標的遺伝子の発現誘導や各種タンパクとの相互作用を介して毒性を発揮すると考えられている。
ダイオキシン類の免疫毒性として古くから知られている胸腺萎縮,抗体産生抑制,細胞性免疫の抑制は,いずれも活性化AhRによる免疫細胞の分化かく乱と増殖抑制を原因とする。さらに,各種のAhRリガンドが,免疫反応に関与する細胞群の中の<どの細胞のAhRを><いかに活性化するか>を明らかにすることが,AhRリガンドの毒性影響を理解し評価するために必要である。
一方,近年同定された重要なT細胞サブセットである抑制性T細胞(Treg)やTh17細胞の分化にも,AhRが外来性リガンド非依存的に関与することが明らかにされた。AhRは長らく外来性の化学物質の毒性を仲介するオーファンレセプターとして研究されてきたが,生理的な役割が明らかされ,内在性のリガンド探しに関心が高まっている。<内在性リガンドと外来因子の作用のバランス>も今後考慮されるべき点である。
本講演では,私たちのダイオキシン研究の結果を中心に環境化学物質による免疫細胞の分化・増殖かく乱作用を紹介し,その分子機序を考察したい。