抄録
マウス胚性幹細胞(ES細胞)は高栄養条件下で培養すると特別な誘導を行わなくても自然に心筋細胞へ分化し、その自律的収縮運動によって心筋細胞への分化を容易に検知できる。Embryonic Stem Cell Test(EST法)は、このようなマウスES細胞の特性を利用し、培養液に薬物を添加することにより、細胞生存率および心筋細胞への分化における薬物の影響を調べ、薬物の発生毒性を評価する方法である。西洋弟切草(セントジョーンズワート; SJW)は抗うつ作用、抗炎症作用、抗腫瘍作用を持つハーブとして知られており、その有効成分の一つとしてヒペルホリンが知られている。SJWはハーブティーとして摂取され、またヒペルホリンはドイツでは医薬品として処方され、副作用の少ない抗うつ薬として使用されている。軽度から中等度のうつ症状に効果があるとされ、妊娠を想定していない女性が妊娠前から妊娠初期にかけて摂取している事例も少なくないと考えられる。これまで行われた観察コホート研究において、妊娠中のSJWの使用は、奇形発生率、早産率に影響を与えなかったと報告されており、胎児への安全性も高いと考えられている。しかしSJWの催奇形性に関する実験的な評価は乏しく、催奇形性に関するさらなる評価がSJWおよびヒペルホリンの安全性を評価する上で必要と考えられる。今回我々はEST法を基に、ヒペルホリンの発生毒性について検討を行った。ヒペルホリンは繊維芽細胞に対してはアポトーシスを誘導し、一方、マウスES細胞に対しては細胞周期を停止させることにより細胞生存率を減少させ、細胞種によってその作用が異なると考えられた。また、組織特異的遺伝子発現解析から、ヒペルホリンはマウスES細胞の分化を抑制すると考えられた。しかし、ヒペルホリンのin vitroにおけるこれらの効果は、想定されるSJW摂取時のヒペルホリン血中濃度に比べて相当に高濃度のヒペルホリン添加により認められるものであり、通常用量のSJWあるいはヒペルホリンの摂取において催奇形性は極めて低いものの、過剰摂取には留意する必要があると考えられた。