抄録
神経内分泌ストレス応答系の発達障害は成熟後の精神疾患様症状に関わるとの見解が、昨今注目を浴びている。周産期における環境化学物質曝露は生体の発達環境に様々な毒性影響を及ぼすことがこれまでに明らかにされてきたが、神経内分泌ストレス反応系への影響評価は未だ十分ではない。我々は先行研究において、周産期における低用量2,3,7,8-Tetrachrolodibenzo-p-dioxin (TCDD) 曝露が不可逆的にマウスの高次脳機能や社会性へ影響をもたらすことを報告した。本研究では同条件曝露が生体のストレス応答系の発達に及ぼす影響を生化学的・分子生物学的手法を用いて検討することを目的とした。妊娠12.5日目のC57BL/6マウスにTCDDを0.6 μg/kg もしくは3.0 μg/kgの用量 (以下、TCDD 0.6, TCDD3.0と表記) で 単回経口投与し、雄産仔が成熟後にストレス負荷による血中コルチコステロン分泌反応を定量した。また、中枢ストレス応答制御領域におけるストレス応答関連遺伝子の発現を定量解析した。拘束ストレス負荷、ならびに薬理的視床下部・下垂体・副腎(HPA)軸活性に対するコルチコステロン分泌パターンの解析から、周産期にTCDD曝露を受けたマウスにおけるHPA 軸活性の亢進と中枢フィードバック制御異常が示唆された。毒性はTCDD 3.0群でより顕著に表出され、これを支持する結果として、TCDD3.0群の海馬においてCorticotropin releasing hormone受容体(CRHR-1)発現の低下がみとめられた。これらの現象はTCDDが体内に残留していない成熟後に確認されたため、周産期におけるTCDD曝露がストレス応答系の形成・発達に影響を及ぼした可能性が示唆された。そこで、新生仔期の海馬において同様の遺伝子発現解析を行ったところ、TCDD 3.0群でCRHR-1の他、ACTH受容体および糖質/鉱質コルチコイド受容体の発現比が低下していることが明らかとなった。以上より、発達期のTCDD 3.0群の海馬でCRH伝達、ACTH伝達、およびグルココルチコイド伝達に対する感受性が低下し、HPA軸中枢フィードバックに関わる発達に破綻がひきおこされた可能性が示唆された。