抄録
一般に発がんには多段階の過程があるとされ、最初に遺伝子にキズがつき、キズが修復されないと細胞が変異し、がん細胞の芽になる。その芽の多くはアポトーシスや免疫によって排除されるが、不死化して自律性増殖能を獲得すると腫瘍として増殖し続けることになる。このように、発がんに至る過程には様々な防御機構が存在するが、それを悉くかいくぐった細胞ががん細胞になると考えられる。発がんの初期段階に位置する遺伝子のキズとその修復に関するエビデンスを解析するのが遺伝毒性試験であり、発がん性全般を予測することには当然無理がある。事実、遺伝毒性試験とげっ歯類における発がん性試験との成績を比較した検討では、相当の食い違いが見られている。しかし、現行の発がん性に関するリスク評価では、閾値の有無が遺伝毒性の結果によって決められており、それによって評価の方法が変わってくることから、遺伝毒性試験の持つ意義は依然として極めて大きいといえる。遺伝毒性に関連するOECD試験法ガイドラインは最近見直され、現在16の試験法が存続している。では一体、遺伝毒性とは何を意味するのであろうか。広くは、DNA付加体形成から形質転換までを含む。一方、リスク評価の場でしばしばお目にかかるのが、Ames試験、染色体異常試験およびマウス小核試験である。メカニズム的には、遺伝毒性を直接的DNA反応と染色体異常に大きく分けることができるが、後者においては閾値を設定できるとする考え方が一般的になりつつある。さらに、直接的DNA反応物質であっても遺伝毒性に閾値が存在する可能性が指摘されている。ここで重要なのは、遺伝毒性に閾値が存在するかということと発がん性に閾値が存在するかは分けて考えることであろう。発がん性が生体において多段階の過程を経て発生することを考慮すると、直接的DNA反応物質ですら生物学的な閾値を有する可能性は高いと言えそうである。