抄録
Nrf2は毒物代謝や抗酸化に関わる酵素群の遺伝子発現を統一的に制御する転写因子である。Nrf2欠失マウスを用いた解析から、毒物代謝におけるNrf2の重要性が示されてきたが、一方、マウス特有の解毒代謝酵素の発現によりマウスが毒性評価に適さない場合もあった。その一例がアフラトキシンB1(AFB1)である。AFB1はピーナッツなどの食品に付着するカビ毒で、肝臓がんの原因物質である。マウスではAFB1の解毒代謝に関わるグルタチオンS-転移酵素A3(GSTA3)の発現が高く、AFB1毒性に対して耐性を示す。そこで、我々は新たな毒性評価モデル動物としてNrf2欠失ラットを作製し、AFB1毒性に対するNrf2の防御効果を調べた。Nrf2欠失ラットの肝臓では、Nrf2活性化剤CDDO-Im投与によってNrf2の核蓄積が起こらず、Nrf2下流遺伝子の発現応答も消失した。AFB1の解毒代謝に重要なGSTA3およびアルドケト還元酵素7A3(AKR7A3)は、Nrf2欠失ラット肝臓において、通常時およびCDDO-Im誘導時のいずれにおいても抑制されていた。AFB1を連続投与するとNrf2欠失ラットでは体重増加が抑制され、50%は死亡した。また、CDDO-Im投与によって、Nrf2欠失ラットにおけるAFB1による死亡は防御できなかった。遺伝子およびタンパク質の発現解析から、Nrf2はAFB1の解毒代謝に関わるGSTA3、GSTA5、AKR7A3の発現を誘導していた。そのため、Nrf2欠失ラットでは、AFB1の解毒代謝中間体によるDNA付加体が野生型ラットより多く形成され、遺伝子変異を起こしやすいことが予想される。毒性学では古くよりラットが用いられてきた背景があるので、今回我々が作製したNrf2欠失ラットは、AFB1のみならず多くの毒性評価に新しいツールとなることが期待される。