抄録
実験動物による吸入毒性試験において病理組織学的な病変を誘発する暴露濃度は、人のシックハウス症候群(SHS)の指針濃度をはるかに超える濃度であることから、そこから得た毒性情報を人へ外挿することの困難さが指摘されてきた。この問題に対し、これまでに、病理組織所見が得られない段階での遺伝子発現変動をPercellomeトキシコゲノミクス法により測定し、肺、肝において化学物質固有及び共通のプロファイルを網羅的に捕えた。加えて、海馬に対し化学構造の異なる3物質が共通して神経活動抑制を示唆する遺伝子発現変化を誘発したことから、これが人のSHSにおける「不定愁訴」の原因解明の手がかりとなる可能性を示した。
この成果を踏まえ、神経活動抑制の上流に位置する分子機序と肺・肝の関与の解明、及び海馬に対する有害性を実証する目的で、雄性C57BL/6マウス(12週齢)を使用し、SHS関連物質についてSHSレベルでの吸入トキシコゲノミクス及び、3種類のバッテリー式の情動認知行動解析を検討した。3種の暴露プロトコール(2時間単回暴露、6時間/日×7日間暴露、及び22時間/日×7日間暴露)(各4用量・4時点、各群3匹)にて吸入暴露させた際の海馬・肺・肝のmRNAを採取しGeneChip MOE430v2 (affymetrix社)を用い、約45,000プローブセットの遺伝子発現の絶対量をPercellome法により得て網羅的解析をおこなった。情動認知行動解析は、キシレン22時間/日×7日間暴露の終了日及び3日後に検討した。
肝・肺の連関解析から、IL1βが、二次的シグナルとして海馬での神経活動抑制に働く共通因子の候補と考えられた。また情動認知行動解析の結果、空間-連想記憶及び音-連想記憶の低下が暴露終了日に可逆的に認められ、この事は、海馬における遺伝子発現変動データの予見性が確認されたものと考える。