抄録
In vitro遺伝毒性試験では、代謝活性化システムとして薬物代謝酵素誘導したラット肝S9を用いるが、ラットとヒトでは肝代謝に種差が存在するため、ヒトにおける遺伝毒性リスク評価にはヒト肝代謝を考慮する必要がある。実験動物と異なりヒト肝代謝能は個人差が大きいため遺伝毒性発現にも個人差があると考えられるが、その実態については不明な点が多い。そこで本研究ではヒト個別肝ミクロソーム(Ms)を用いて肝代謝能の個人差とその要因を評価し、それらが遺伝毒性発現に及ぼす影響を評価した。
78ドナーの肝部分切除手術で得られた正常部位からMsを調製し、肝薬物代謝酵素CYP1A2, CYP2B6, CYP2C9, CYP2C19, CYP2D6及びCYP3A4の活性を測定し、各ドナーの年齢・性別・投薬・化学療法の影響及び1塩基変異多型(SNP)との相関を解析した。このうち52ドナーのMsを用いて既知遺伝毒性物質cyclophosphamide(CPA)のin vitro小核試験を実施し、遺伝毒性発現と酵素活性の相関を評価した。さらに各CYP分子の発現系を用いてCPAのin vitro小核試験を実施して遺伝毒性発現に寄与する代謝酵素を同定し、生成する代謝物をLC/TOFMSシステムを用いて同定・定量した。
ヒトの各薬物代謝酵素活性には個人差があり、コードする遺伝子のSNPによって一部制御されていたが、年齢・性別・投薬及び化学療法の影響は認められなかった。CPAの小核誘発能には個人差が認められ、CYP2B6, CYP2C9, CYP2C19及びCYP3A4の酵素活性と相関した。またCYP2B6, CYP2C19及びCYP3A4の高発現系でCPAの小核誘発能が認められ、その培養液中には4位の水酸化体及びその下流の代謝物が検出された。しかしCYP2C9の高発現系ではCPAの小核誘発能及び上記代謝物は認められなかった。以上、遺伝毒性発現には個人差が存在し、肝代謝酵素活性の個人差が一因となることを明らかにした。従って、化合物の代謝プロファイルと個人の肝代謝能を把握することで個人レベルでのリスク予測が可能になると考えられる。