抄録
【背景及び目的】クプリゾン(CPZ)は、ラットへの混餌投与により髄鞘解離を誘発する。我々はCPZのラット発達期暴露により海馬歯状回におけるニューロン新生障害性を見出した。本研究では、網羅的遺伝子発現解析を用いた髄鞘形成障害に起因する発達神経毒性指標を検出する目的で、以下の実験を行った。【方法】各群8又は9匹の妊娠SDラットに妊娠6日目~出産後21日目までCPZを0、0.1及び0.4%の濃度で混餌投与し、離乳時の児動物の複数の脳部位について網羅的遺伝子発現解析を行った。また、変動遺伝子について免疫染色による分布解析を行った。【結果】網羅的発現解析により、0.4%群で1.5倍以上の発現上昇又は0.67倍以下の発現低下遺伝子数が海馬歯状回で425、脳梁で1900、帯状回で286、小脳皮質で151であった。特に海馬歯状回では、ニューロン新生及び分化に関連する遺伝子群としてエフリン受容体EphA4、EphB2及び脳由来神経栄養因子Bdnf、 シナプス伝達関連遺伝子としてグルタミン酸作動性神経受容体Gria1、Girn2d及びコリン作動性神経受容体Chrna7、神経可塑性に関連する遺伝子としてPtgs2の発現低下が検出された。これらの分子の発現分布を解析した結果、海馬歯状回門で、BDNF特異的受容体の活性型であるリン酸化TRKB陽性の介在ニューロン数、GRIA1及びGRIN2D陽性介在ニューロン数が減少し、海馬歯状回顆粒細胞層ではCOX2陽性細胞数が減少した。【考察】CPZのラット発達期暴露により、発達神経毒性を反映しうる遺伝子発現変動が検出された。また、免疫染色による発達神経毒性評価可能な候補指標として、海馬のニューロン新生への関与が示唆されるグルタミン酸シグナルの他、神経可塑性に関与するBDNFシグナルやCOX2の発現変動が見出され、発達神経毒性検出の上で、網羅的遺伝子発現解析の有用性が示された。