抄録
がんは遺伝子の非可逆的な異常により誘発される。非可逆的異常として長らく突然変異が知られてきたが、近年、エピジェネティック異常の重要性も知られるようになってきた。特に、各種がんでの全ゲノム解析により、ドライバー変異が十分に見つからないがんが多数あることが判明し、エピジェネティック異常の重要性への認識が高まった。代表的なエピジェネティック異常であるDNAメチル化異常には、突然変異とは異なる特徴が幾つかある。まず、一見正常な組織では、特定の遺伝子の突然変異をもつ細胞は1/105程度であるのに対し、DNAメチル化異常は数10%程度と大量に蓄積しうる。また、突然変異はほぼランダムな遺伝子に誘発されるのに対し、DNAメチル化異常は特定の遺伝子に誘発される。さらに、異常の誘発要因として、DNAメチル化異常の場合には加齢と慢性炎症が特に重要である。最後に、突然変異は薬剤では元に戻せないが、DNAメチル化異常は5-aza-2'-deoxycytidineにより除去することができる。これらの特徴の好例として、強力な胃発がん因子であるH. pylori感染は、発がんに先立ち、胃粘膜上皮細胞で特定遺伝子のDNAメチル化異常を大量に誘発する。その機構としてH. pylori自体ではなく誘発された慢性炎症が重要である。特に重要なのは、胃粘膜上皮細胞に蓄積したDNAメチル化異常を測定すると発がんリスクが測定できることが前向き臨床研究で確認されたことである[Asada, Gut, 64:388, 2015]。一見正常に見える組織に蓄積したDNAメチル化異常を測定することでエピジェネティック毒性を評価するという手法は、幅広く応用できる可能性がある。