抄録
本シンポジウムのテーマである危険ドラックを含む様々な化学物質による中毒の際の医療現場での診断や治療の一助となる事を期待し、網羅的・定量的遺伝子発現情報を基にシグナル毒性レベルでの分子機序解明を対象としたPercellomeトキシコゲノミクス研究による中枢神経毒性の動的バイオマーカー(Dynamic BioMarker)に関する所見を報告する。
シックハウス症候群(SHS)の原因とされる化学構造の異なる3物質をSHSレベルの極低濃度でマウスに吸入させた際、いずれも共通して海馬において神経活動の指標となるImmediate early genes(IEG)群の遺伝子発現を抑制した。更に、このIEG変化の上流に肝・肺から放出される特定のサイトカインが位置することが示唆され、これが3物質に共通した二次的シグナルとして海馬に作用する事が想定された。興味深い事に、海馬におけるIEG発現抑制は、別途実施したトリアゾラム(ハルシオン)及びイボテン酸の経口投与により情動認知行動異常が誘発される際にも認められた。実際、吸入後に一過性ながら空間-連想記憶及び音-連想記憶の低下を確認したことから、遺伝子発現変動データの毒性予見性が示された。この様な中枢における変化が人のSHSにおける「不定愁訴」の原因解明の手がかりとなる可能性が示された。
他方、ネオニコチノイド系殺虫剤について、細胞死や組織破壊を惹起しない量をマウス幼若期または成熟期に単回経口投与したところ、成熟後に遅発性の情動認知行動異常が認められた。この解析例についても報告する。
以上、毒性の網羅的把握の為の遺伝子発現ネットワークの描出とDynamic BioMarkerのカタログ化により毒性メディエータの同定が可能となり、毒性予測に利用可能な事が示唆された。医療現場の情報からのバイオマーカー探索も可能と考えられ、日本中毒学会との連携深化に貢献できれば幸いである。