抄録
カニクイザルは、進化的にヒトに近く、薬物代謝試験や安全性試験で使用される重要な動物種である。カニクイザルの薬物代謝パターンは概してヒトに近いことが知られているが、稀にヒトと異なる代謝パターンを示すことも明らかになってきた。これは、チトクロムP450 (P450またはCYP) を始めとする薬物代謝酵素におけるカニクイザルとヒトの違いが一因であると考えられるが、その原因を明らかにするために、我々はこれまでにP450遺伝子をカニクイザルで網羅的に同定・解析してきた。その結果、カニクイザルにはヒトに存在しないCYP2C76があり、実際に薬物代謝の種差の一因となっていることを明らかにした。Warfarinは,ヒトではCYP2C9によって主にS体が酸化的代謝を受けるが、カニクイザルではCYP2C19によって主にR体が速やかに代謝されるなど,同じP450のorthologであってもカニクイザルとヒトで代謝反応が一部異なっていることが分かった。しかし,このような僅かな違いはあるものの,多くの基質を調べるとP450代謝がカニクイザルとヒトで良く似ていることは明らかである.同様に,近年,種差の報告が増えつつあるグルクロン酸転移酵素(UGT)についてもカニクイザルで遺伝子を同定し機能を解析しており,ヒトUGT1A遺伝子に対応する遺伝子がカニクイザルのゲノムにもあり,肝臓や小腸,腎臓など薬物代謝に重要な臓器で発現していることが明らかになった.興味深いことに,ヒトでは機能を持っているUGT1A3がカニクイザルでは偽遺伝子化し機能を失っているのに対し,ヒトで偽遺伝子化しているUGT1A2がカニクイザルでは発現し代謝機能を有しており,この違いがUGT代謝における種差の一因になっている可能性が考えられる.本発表では,これまでカニクイザルにおいて得られたP450とUGT酵素に関する知見をヒトと比較しながらお示ししたい.