抄録
カドミウム(Cd)はイタイイタイ病に代表される腎障害を、マンガン(Mn)はパーキンソン病様の神経症状を引き起こすことが知られている。しかし、それぞれの毒性の標的組織におけるCdやMnの輸送機構はまだ十分に分かっていない。私たちは複数のCd耐性細胞やMn耐性細胞を樹立することにより、Cd2+やMn2+の細胞内取り込みには、亜鉛輸送体のZIP8およびZIP14、2価鉄輸送体のDMT1が関与していることを明らかにしてきた。そこで、CdやMnの標的組織である腎臓や神経におけるこれらの輸送体の役割について解析した。
腎臓近位尿細管におけるCdの輸送はこれまでCd-メタロチオネインがエンドサイトーシスされることによる再吸収によって説明されていた。私たちは、生体と似た環境で管腔側と血管側に近位尿細管上皮細胞を整列させて培養できるカップ培養により、尿細管の部位によってはZIP8あるいはZIP14を介したCd2+の取り込み系も一部機能している可能性を明らかにした。さらに、腎臓近位尿細管の部位によるCd輸送の違いを解析するため、マウス近位尿細管のS1, S2, S3それぞれの領域由来の不死化細胞を入手し、カップ培養を用いた解析を行った。その結果に基づいて、近位尿細管においてCdはS1領域付近で尿細管上皮細胞に取り込まれた後、再び管腔側に分泌され、下流のS3領域においてCd2+として再吸収されるという仮説を提唱した。今後さらに腎臓近位尿細管における部位特異的なCd輸送のダイナミックな機構を明らかにしていきたい。またこの系を活用することで、様々な腎障害誘発物質の尿細管部位特異的な毒性発現機構と輸送機構の解析に活用できる。
一方、脳神経細胞におけるMn輸送についてはこれまでDMT1およびトランスフェリン受容体しか検討されていなかった。私たちは、ヒト神経芽細胞腫由来のSH-SY5Y細胞におけるMn輸送にDMT1だけでなく、ZIP14も関与していることを見出した。また、SH-SY5Y細胞をIL-6に曝露するとMnの蓄積が増加することを見出し、その原因として、Mnの細胞内取り込みに関わるZIP14の発現上昇とMnの排泄に関わるZnT10の発現低下がSH-SY5Y細胞でのMn蓄積を増加させた可能性を見出した。近年様々な脳変性疾患に脳内サイトカインが関与することが報告されており、本研究結果から脳病変において炎症性サイトカインがMn蓄積の増加を引き起こし、脳疾患の悪化させる可能性が示唆された。今後は、さらにin vivoでの検討も行い、CdおよびMnの毒性の標的組織における金属輸送の機構について解析し、その毒性発現への役割を明らかにしていきたい。