抄録
視床下部視索前野は体温調節、性行動および睡眠に関する中枢であるが、胎児の視床下部視索前野に及ぼす化学物質曝露の影響に関する報告は少なく、その詳細は未だ明らかにされていない。葉酸代謝拮抗剤Methotrexate (MTX)は葉酸代謝過程におけるジヒドロ葉酸還元酵素の作用に拮抗阻害することによりDNA合成を阻害し、細胞増殖抑制およびapoptosisを誘発する。MTXは医療において抗癌剤、免疫抑制剤および人工流産誘発剤として用いられている。本研究では胎児性メトトレキサート症候群の脳障害における病態の全貌解明を目的として、MTXのラット妊娠期曝露が胎児の視床下部視索前野の発達に及ぼす影響を病理組織学的に検討した。[方法] 妊娠13日目 (GD13)の母ラットにMTX 90mg/kgまたはSalineを腹腔内投与し、GD13.5、14、14.5および15に胎児を採材し病理組織学的解析を実施した。[結果] MTX群のGD15における胎児生存率はControl群に比較し有意に減少した。MTX群の視床下部視索前野領域では、GD13.5よりpyknosisの増加およびmitosisの減少が誘発された。また、MTX群のGD14.5における視床下部視索前野領域の構成細胞は顕著に脱落し、GD15では構成細胞の細胞密度の低下傾向が認められた。MTX群の当該領域ではGD13.5からGD14.5にかけてcleaved caspase-3陽性率の有意な増大が認められ、また、全実験期間を通じてPhospho-histone H3陽性率の有意な減少が認められた。[考察] GD13におけるMTX曝露により、胎児脳の視床下部視索前野において顕著なapoptosisおよび細胞増殖抑制が誘発され、当該発生時期における胎児脳の視床下部視索前野領域はMTXに対し高感受性を示すことが示唆された。今後、当該病理組織学的変化が生後の脳の発達および動物の行動に及ぼす影響を関し解析を実施する予定である。