抄録
毒ガスとしてしか認識されていなかった硫化水素(H2S)が、1989年に哺乳類の脳に存在する事が報告されたのを契機に、H2S生理機能の研究に着手した。
H2Sが脳においてcystathionine β-synthaseによって生合成され、神経伝達を調節する事を1996年に報告し、H2Sがガス性シグナル分子であることを提唱した。翌年、血管平滑筋においてはcystathionine γ–lyaseによって合成され、一酸化窒素(NO)との相乗効果による血管弛緩を報告した。この報告はまた、その後のH2S―NOクロストーク研究を拓くこととなった。そして、血圧調節、細胞保護、血管新生、インスリン分泌調節、抗炎症など、その多様な作用が次々と明らかになった。
さらにこれらの研究が基となり、H2SよりもS原子数の多いSが直鎖状につながった非ガス性ポリサルファイド(H2Sn, n は 2以上)がtransient receptor potential channelを活性化することを報告、続いてH2S3 (HSSSH)、H2S2 (HSSH)を脳内に同定、その生合成酵素3-mercaptopyruvate sulfurtransferaseを決定し、H2Snがシグナル分子であることを提唱した。現在ではそのNrf2核内移行促進による抗酸化遺伝子群転写亢進、癌抑制因子PTEN制御、protein kinase G1α活性化による血管平滑筋弛緩を介した血圧調節などが報告されるに至っている。