【目的】メチル水銀は、酸化ストレスを惹起することでその毒性を発現すると考えられるが、メチル水銀と脂質分子のレドックス制御との関連についてはほとんど明らかとなっていない。本研究では、メチル水銀をマウスに経口投与した際にみられる脳内の脂質分子の変化について検討した。さらに、過酸化脂質の分解能を持ち、生体内脂質のレドックス制御に関わると考えられる膜結合型カルシウム非依存性ホスホリパーゼA2γ(iPLA2γ)の関与について、iPLA2γ 遺伝子欠損マウスに水銀を投与し検討した。
【方法】C57BL系の野生型およびiPLA2γ遺伝子欠損マウスに、メチル水銀を10 mg/kg経口投与し、投与3日後における神経行動障害をフットプリントテストにより評価するとともに、投与8日間の生存率を比較検討した。また、野生型マウスについて投与8日後の大脳および小脳を摘出し、リン脂質および過酸化リン脂質を解析した。
【結果および考察】メチル水銀を野生型マウスに投与すると、大脳ではリノール酸やアラキドン酸などの不飽和脂肪酸を含むリン脂質が増加し、小脳ではドコサヘキサエン酸などの多価不飽和脂肪酸を含むリン脂質が減少した。さらに不飽和脂肪酸が過酸化されたリン脂質の増加が大脳で認められた。これらの結果から、メチル水銀により惹起された酸化ストレスでリン脂質が過酸化されて脳内の脂質組成が変化し、水銀毒性を引き起こしている可能性が考えられた。さらに、iPLA2γ 遺伝子欠損マウスにメチル水銀を投与すると、野生型に投与した場合に比べて、投与3日後にみられる神経行動障害が増強されること、8日後における生存率が低下することが見出された。iPLA2γ の遺伝子欠損はメチル水銀の神経毒性を亢進することが示され、iPLA2γ が過酸化リン脂質を除去することで、メチル水銀の神経毒性の軽減因子として働いている可能性が示唆された。