【目的】環境曝露の総体を対象とするエクスポソーム研究は,環境要因と疾患の関係を明らかにするために重要とされ,近年注目されている。我々は,環境中化学物質の中でも反応性が高く,システイン残基のような生体内の求核置換基に共有結合する性質を有する親電子物質に着目し,当該物質の複合曝露による影響を明らかにすることを目指している (親電子物質エクスポソーム)。先行研究において,1,2-ナフトキノン (1,2-NQ) がタンパク質チロシン脱リン酸化酵素 PTP1Bのシステイン残基を修飾し,本酵素活性を阻害することで上皮成長因子受容体 (EGFR) が活性化することを報告した。本研究では,A431細胞を用いて1,2-NQの異性体である1,4-NQ曝露による1)PTP1B-EGFRシグナルおよびその下流キナーゼであるERK1/2の活性化,2)1,2-NQとの複合曝露による当該シグナルの相加/相乗的な活性化の有無を調べた。
【方法】環境中親電子物質:1,2-NQおよび1,4-NQを用いた。細胞:ヒト上皮癌細胞株A431を用いた。シグナル伝達の活性化:ウエスタンブロット法によって検出した。PTP活性:pNPP法で測定した。
【結果および考察】A431細胞を1,4-NQに個別曝露すると,25 µMからEGFRのリン酸化およびERK1/2のリン酸化亢進がそれぞれ認められた。EGFRのリン酸化が認められなかった10 µMの1,4-NQと1,2-NQとを複合曝露すると,1,2-NQによるEGFR-ERK1/2シグナルが,1,2-NQの個別曝露よりも低い濃度域から活性化した。本結果と一致して,細胞内PTPs活性も複合曝露では相加的に低下した。以上より,1,4-NQもPTP1B-EGFRシグナルを活性化することが明らかとなった。さらに,1,4-NQ曝露による当該シグナルの活性化は,1,2-NQとの複合曝露により亢進した。個別曝露で影響が見られない濃度域においても複合曝露で影響が生じることは,環境中親電子物質エクスポソーム研究の必要性を示唆している。本発表では,1,4-NQ曝露で観察されるPTP1B-EGFRシグナルおよびERK1/2シグナル活性化に対する,メチル水銀,カドミウムあるいはクロトンアルデヒドのような環境中親電子物質との複合曝露効果についても報告する。