【背景・目的】現行の創薬研究過程の肝毒性予測試験には初代培養ヒト肝細胞(PHH)が汎用されている。PHHの薬物代謝酵素活性には大きな個人差があるが、特定の分子種の薬物代謝酵素活性が消失した個人(poor metabolizer)由来のPHHは入手困難である。そのため、poor metabolizerにおける肝毒性予測試験を行うためのモデル細胞の開発が急務である。そこで本研究では、種々の薬物代謝酵素欠損ヒトiPS細胞由来肝細胞を作製し、poor metabolizerのための肝毒性予測試験法の開発を目指す。【方法】我々が独自開発した高効率ゲノム編集技術と高効率肝細胞分化誘導法を用いて、薬物代謝酵素CYPを欠損(KO)したヒトiPS細胞由来肝細胞を作製し、毒性試験への応用を行った。本研究では、標的とする薬物代謝酵素として、CYP2C19とCYP3A4に着目した。【結果・考察】作製したCYP2C19-KO iPS細胞とCYP3A4-KO iPS細胞を用いて遺伝子発現解析と免疫染色を行い、CYP2C19またはCYP3A4の欠損はヒトiPS細胞の未分化能と肝分化能に影響を及ぼさないことを確認した。また、S-mephenytoinを用いてCYP2C19活性をLC-MSにより調べたところ、CYP2C19-KO iPS細胞由来肝細胞(CYP2C19-KO肝細胞)のCYP2C19活性が消失していることを確認できた。同様に、Midazolamを用いてCYP3A4活性を調べたところ、CYP3A4-KO iPS細胞由来肝細胞のCYP3A4活性が消失していることを確認できた。さらに、CYP2C19の基質であり、肝障害を起こした報告のあるclopidogrelを野生型肝細胞およびCYP2C19-KO肝細胞に作用させたところ、CYP3A4阻害剤ketoconazole併用下では、CYP2C19-KO 肝細胞においてのみclopidogrelによる肝障害が生じないことを見出した。以上より、薬物代謝酵素欠損iPS細胞由来肝細胞がpoor metabolizerの肝毒性予測試験のためのモデル細胞になりうることが示唆された。今後、多様な薬物代謝酵素を欠損したヒトiPS細胞由来肝細胞を作製することにより、あらゆる遺伝型を有する個人にも対応できるpoor metabolizerの肝毒性予測試験ためのパネルを構築したい。