【目的】メチル水銀 (MeHg) は慢性的に曝露されることにより中枢神経系に選択的な毒性を示すことが知られている。しかしながら、そのメカニズムとしてグルタミン酸受容体の関与が報告されているものの、詳細な機構は明らかになっていない。そこで我々は、グルタミン酸受容体の一つであるAMPA受容体に着目し、メチル水銀曝露によるAMPA受容体サブユニット発現への影響を検討した。
【方法】実験には胎生18日齢のラット (Slc : Wistar/ST) より調製した初代大脳皮質神経細胞を用いた。細胞は培養1日目にAra-Cを曝露しグリア細胞を死滅させ、MeHgを0–300 nMの濃度で7日間曝露し、7日目における細胞生存率およびGluA1-4タンパク質の発現変動を評価した。さらに、MeHg 100 nMを1-7日間曝露し、GluA2タンパク質の経時的な変化を評価した。また、6週齢の生体ラットに対してMeHgを0、1、5 mg/kgの濃度で10日間反復投与し、大脳皮質、小脳、海馬、線条体におけるGluA2タンパク質の発現量を評価した。
【結果・考察】100 nM以上のMeHg曝露によりGluA2タンパク質の有意な発現減少が認められた。さらに、その発現減少に伴い、細胞生存率の低下が認められた。また、MeHg曝露はGluA2以外のサブユニットの発現量には影響を及ぼさなかった。また、実際のAMPA受容体の機能に影響を与える細胞膜上のGluA2タンパク質の発現を検討したところ、MeHg曝露により発現量の低下が認められた。また、in vivoにおいても同様の結果が認められるかを評価したところ、1 mg/kg MeHg経口投与により大脳皮質および小脳においてGluA2タンパク質の発現減少が認められた。定常状態におけるAMPA 受容体へのCa²+流入をブロックしているGluA2の発現が減少することで、神経細胞へのCa²+流入が増大し神経細胞死が惹起されると考えられる。以上の結果より、in vitro、in vivoの両方において、長期的なMeHg曝露によりGluA2発現量が減少し、神経毒性を引き起こす可能性が明らかとなった。