【目的】船底塗料として使用されてきたトリブチルスズ (TBT) は海洋生物に対する内分泌かく乱作用が報告されて以降使用が制限されているが、未だに魚介類や海底堆積物から検出される。我々はこれまでにTBT が AMPA 型グルタミン酸受容体 GluA2 サブユニットの発現を減少させ、神経細胞を脆弱化することを明らかにしている。本研究ではGluA2 の発現を制御する転写因子NRF-1に着目し、TBTのNRF-1活性に対する影響ならびにNRF-1活性低下に伴う毒性影響を評価した。
【方法】胎生18日齢Wistarラットより調製した大脳皮質初代神経細胞に 20 nM TBTを曝露し、NRF-1に対する影響を評価した。また、Doxycycline (Dox) 添加により NRF-1がknockdown (KD)されるshNRF-1/293T細胞を作製しNRF-1活性低下に伴う毒性影響を評価した。mRNAおよびタンパク質発現量はリアルタイムPCRおよびウエスタンブロットにより測定した。NRF-1 転写活性はChIPアッセイとゲルシフトアッセイにより評価した。リソソーム活性は[14C]-Valineでラベルした長寿命タンパク質の分解率をもとに算出した。
【結果および考察】TBT 曝露により初代神経細胞におけるNRF-1 mRNA およびタンパク質発現量の減少とNRF-1転写活性の低下が認められた。また、リソソーム膜タンパク質であるLAMP1抗体を用いた免疫染色を行ったところ、TBT曝露により神経細胞のLAMP1発現量の増加が観察された。また、NRF-1 をKDしたshNRF-1/293T細胞においても同様にLAMP1発現量およびリソソーム数の増加が認められ、同時にリソソーム関連遺伝子のmRNA発現上昇が認められた。一方で、NRF-1 KD によりリソソーム活性の低下が認められた。NRF-1 発現低下によりリソソーム機能が低下したことで代償的にリソソーム関連遺伝子の発現誘導が引き起こされたと考えられる。以上の結果よりTBTはNRF-1活性を阻害し、その活性低下はリソソーム機能異常を引き起こすことが示唆された。