現在、幅広い産業で様々な金属および金属化合物(金属類)が利用されているが、その中にはIARC発がん性評価においてヒトに対して発がん性が認められる金属類もあり、それら金属類の取扱労働者への健康影響が懸念されている。一方、金属類の発がん機構は不明な点が多い。発がん初期ステップとしてDNA損傷生成は重要であるが、金属類のDNA損傷性に関する報告は限定的である。そこで本研究ではまず、ヒト肺細胞モデルA549にCr、Ni、Be、Cd等、11種類の金属類(金属塩化物等)を細胞生存率に影響しない濃度で作用し、リン酸化ヒストンH2AX (γH2AX)を指標にこれらのDNA損傷性を検証した。その結果、金属類のγH2AX 誘導は3パターンに大別出来ることが判明した。この結果で注目すべきは、γH2AXを明確に誘導したCr及びCdは、IARC発がん性分類においてGroup 1であり、DNA損傷性が強いのも頷ける結果であったが、未処理細胞でも代謝・呼吸等により誘導されるγH2AXを顕著に減少させた金属類には、同じくGroup 1であるBe及びNiが含まれていた点である。我々は、このγH2AX誘導の抑制作用が当該金属類の発がん機構の一部として重要ではないかと考え、本研究では、Beを中心にさらなる検討を行った。
Etoposide等のDNA損傷剤とBeを共作用したところ、損傷剤によって誘導されるγH2AXもBeにより顕著に抑制された。なお、損傷剤により生成されるDNA損傷量は、Beの存在下でも減少しないことは確認している。この結果は、Beが細胞の正常なDNA損傷応答を阻害していることを示唆している。次に、Beの遺伝子変異誘発能を確認したところ、既存報告通り、Beは変異原性を示した。一方、驚くことに、DNA損傷剤とBeの共作用では、BeがDNA損傷剤による遺伝子変異を増強した。
以上の結果より、BeをはじめγH2AX誘導を抑制する金属類は、正常なDNA損傷応答を阻害することで遺伝子変異リスクを上昇させているのではないかと推測される。本研究で得られた知見は、特定金属類の発がん機構の部分的解明になりうるのではないかと考えている。