亜鉛(Zn)は脳内に高濃度で含まれ、神経情報の伝達や興奮性制御に重要な役割を果たしている。従って、その欠乏は神経機能の異常を引き起こす一方で、過剰なZnは神経系にとって有害となる。超高齢化社会への突入に伴い、老年性認知症患者数は年々増加している。脳血管性認知症は老年性認知症の約3分の1を占め、脳虚血状態の後の神経細胞死が原因と考えられている。虚血状態では、酸素や栄養成分の枯渇に伴い神経細胞の異常興奮の結果、グルタミン酸の過剰放出が細胞内Caホメオスタシスの異常を引き起こし、神経細胞死を生じると考えられているが、Znもグルタミン酸とともにシナプス間隙に放出され、神経細胞死を引き起こす。演者らは、Znによって生じる神経細胞死メカニズムを、不死化視床下部神経細胞(GT1-7細胞)を用いて検討した。その結果、細胞内Caホメオスタシス系、小胞体ストレス系、ミトコンドリアにおけるエネルギー産生系、フリーラジカル産生系が関与することを見出している。さらに、低濃度のCuがZn神経細胞死を顕著に増強することを見出しており、CuはおそらくはROS産生を介して、MAP kinase経路(JNK経路)を活性化することにより神経細胞死を引き起こすことを明らかにしている。また、脳血管性認知症予防・治療薬の候補として、Zn神経毒性から細胞を保護する物質を様々な食品中に探索した結果、カルノシン(β-alanyl histidine)等が有効であることを見出している。カルノシンは、脳内にも存在しており、グリア細胞から放出されてシナプスにおけるZnホメオスタシス維持に働いて衣類可能性がある。Znホメオスタシス異常はアルツハイマー病をはじめとする他の神経疾患とも関与することが報告されており、シナプスにおけるホメオスタシスを維持する因子が神経疾患発症に関与する可能性があり、今後の研究の進展が期待される。