海産毒は、食品衛生上、化学構造上の特性、さらに毒性学的作用機構などの観点から重要な毒性物質である。この国における海産毒食中毒事故や事件は、必ずしも食中毒全体からみると多くはないが、毒作用が強力である点から注意が必要とされる。海産毒の起源は、一般に有毒プランクトン(渦鞭毛藻類)などを魚介類が摂取し、蓄積していることが由来となり、その毒化した魚介類をヒトが摂取することで中毒が発生する。海産毒成分は、一般に熱に安定で、水溶性や脂溶性で、加熱でも影響を受けないことが多い。さらにこれらの毒性物質で汚染された魚介類は、見た目、臭いや味覚は正常である。これらの毒性物質は、一般にイオンチャネルに作用することが多い。すなわちイオンチャネルを開放、閉鎖、膜の脱分極の延長、知覚異常などを引き起こす。一方、特定の酵素や受容体に作用する海産毒もある。これらは、微量で作用し、基本的に中毒に対する解毒薬はなく、維持療法が主となる。海産毒の中には、その毒性発現機構を活用して、古くから海人草(マクリ、主成分はカイニン酸)のように駆虫薬として広く用いられていたり、最近ではコノトキシンのようにモルヒネをはるかに凌ぐ鎮痛薬としての開発も進んでいる。海産毒としての貝毒は、その毒性症状から、麻痺性、下痢性、神経性、記憶喪失性貝毒などと分類されている。主な海産毒には、テトロドトキシン(Na+,K+-ATPaseの阻害)、シガトキシン(電位依存性Na+チャネルの解放)、パリトキシン(Na+,K+-ATPaseの阻害)、サキシトキシン(Na+チャネルの遮断)、オカダ酸(セリン/スレオニンホスファターゼ1及び2Aの阻害)、ドウモイ酸:カイニン酸(イオノトロピックグルタミン酸受容体の興奮、特に記憶・学習の場である海馬)、ω-コノトキシ(脊髄N型カルシウムチャネル閉鎖、モルヒネを凌ぐ鎮痛作用)などがあり、各毒作用発現機序等を簡潔に紹介する。