記憶喪失性貝毒であるドーモイ酸はグルタミン酸のアゴニストでありグルタミン酸受容体と強く結合する。グルタミン酸は中枢神経系における主たる興奮性神経伝達物質であるが、その受容体への適切な刺激は発生期の脳形成においても重要な役割を演じているとされる。本シンポジウムではドーモイ酸を用いての、発生期マウスの脳におけるグルタミン酸受容体の過剰刺激による神経シグナル異常が脳微細構造形成へ及ぼす影響と、それが引き起こす遅発性中枢行動毒性について紹介する。生後10週齢の成熟雄マウスにドーモイ酸(1mg/kg)を腹腔投与した群(成熟期投与群)と、妊娠11.5、14.5、17.5日齢の雌マウスにドーモイ酸(1mg/kg)を腹腔投与することによって経胎盤的にドーモイ酸をばく露し、得られた雄マウス群(発生期投与群)について、生後11~12週齢時にオープンフィールド試験、明暗往来試験、高架式十字迷路試験、条件付け学習記憶試験、及び、プレパルス驚愕反応抑制試験からなるバッテリー式の行動解析を行うとともに、行動解析を行ったマウスの終脳の神経細胞突起に焦点を合わせた形態機能解析を行った。その結果、成熟期投与群では、海馬依存性が高いとされる場所連想記憶の異常のみが認められた。これは、ヒトにおいて海馬を選択的に破壊し記憶障害を示すという貝毒事例の報告に合致していると考えられた。これに対し、発生期投与群では、①不安関連行動異常、②場所連想記憶異常のみならず音連想記憶の異常、③プレパルス驚愕反応抑制試験における抑制度の低下、確認されるとともに、④大脳皮質における神経細胞突起発達の不全、⑤軸索構成タンパクの生化学性状への影響が認められた。以上より、本系は発生期におけるグルタミン酸受容体過剰刺激を起点とする脳形成不全をともなう脳機能発達障害モデルとして位置づけることが出来ると考えられた。