日本毒性学会学術年会
第46回日本毒性学会学術年会
セッションID: SY3
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特別賞・学会賞・佐藤哲男記念賞・奨励賞受賞者講演
メチル水銀によるS-水銀化の毒性学
*外山 喬士
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抄録

 およそ60年前、国内で発生した水俣病の悲劇を契機とし、メチル水銀の毒性発現および防御機構についての研究が盛んに実施されてきた。近年、自然環境中でメチル水銀が蓄積した魚介類でも、過剰に摂取すると心疾患のリスク因子となることや、妊婦が摂取した場合子供の神経発育に悪影響を与えることが示唆されており、ますますその機構解明が求められている。しかし現在、未だその本質的な解明には至っていない。この理由の一つとして、メチル水銀の化学的性質 “親電子性” に起因する作用点の多様さがある。親電子物質であるメチル水銀が生体内に取り込まれると、様々な蛋白質中の求核性のシステイン残基と特異的に共有結合 (S-水銀化) する。システイン残基は蛋白質の立体構造や活性等に重要な役割を担うことから、S-水銀化は様々な蛋白質の機能を撹乱することで生体に作用する。つまり、S-水銀化の標的蛋白質を探索し、S-水銀化がそれらに与える影響を解明することで、一歩ずつメチル水銀毒性発現および防御機構の理解に近づけると考えられる。そこで私は、S-水銀化標的蛋白質の独自の検出法を構築し、上記の解明に挑戦してきた。

 まず、in vitroでメチル水銀と反応させることによって立体構造が変化して不溶化する蛋白質を対象として検索し、S-水銀化されることでその活性が大きく影響を受ける酵素を2種類同定した。そして、S-水銀化はこれら2つの酵素の活性発現に必要な金属イオンを離脱させることによってその活性を低下させることを明らかにした。二次元電気泳動と原子吸光法およびLC/MSを組み合わせたS-水銀化蛋白質スクリーニング法を用いて、メチル水銀で処理した培養神経細胞中から顕著にS-水銀化される蛋白質としてユビキチン加水分解酵素を同定し、S-水銀化が本酵素の活性を著しく低下させることも明らかにした。更に、ビオチンマレイミドを用いた簡易なS−水銀化検出法 (BPM法) を確立し、本法を用いて親電子物質のセンサー蛋白質であるKeap1がS-水銀化されることを見出した。本分子のS-水銀化は転写因子Nrf2の活性化を引き起こし、第2相解毒代謝酵素群の発現を誘導することでメチル水銀の毒性軽減に寄与することを、培養細胞およびマウスを用いた研究で明らかにした。また、脱リン酸化酵素PTENがS-水銀化された場合、Akt/CREBシグナルが活性化してその毒性軽減に関与する防御応答が亢進することを見出すと共に、一定濃度を超えたメチル水銀はCREBをS-水銀化して本シグナルを停止させ細胞死を惹起することも明らかにした。このことは、メチル水銀の濃度によってS-水銀化される標的が異なり、それによって生体防御と毒性発現のスイッチングが生じることを示唆している。

 また一方で、メチル水銀がミトコンドリア分裂の活性化蛋白質であるDrp1に付加された活性抑制に関わるポリ硫黄修飾に対し、S-水銀化を介した脱抑制により本蛋白質を活性化することで、心筋細胞の圧感受性を増加させる新規機構を明らかにした。すなわち、メチル水銀は蛋白質を直接S-水銀化するだけでなく、ポリ硫黄によるシステイン残基の翻訳後修飾を撹乱することで心疾患リスクに関与することも示唆されている。

 以上の研究から、多様なS-水銀化によるメチル水銀の毒性発現機および防御応答の実態が少しずつ解明されつつある。今後本研究を更に発展させ、メチル水銀によるS-水銀化を介した生体影響の分子基盤を解明したい。

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