薬剤誘発性肝毒性は医薬品の開発・販売中止の主要要因のひとつである。患者と健常人では薬物誘発性肝毒性への感受性に差がある可能性があるため、病態モデル動物を用いた肝毒性評価とその機序解明を行うことが、患者における肝毒性のより精度の高いリスク評価に有用であると考えられる。過去に実施した検討において、我々はthioacetamide(TA)誘発性肝毒性が非アルコール性脂肪肝モデル動物である高脂肪食給餌(HFD)マウスで標準食給餌(ND)マウスと比較して減弱することを見出したが、その詳細なメカニズムは不明であった。そこで、本研究ではHFDマウスのTA誘発肝細胞壊死減弱メカニズムを解明する目的で検討を行った。
最初に、HFDマウスのTA誘発肝細胞壊死減弱における生体内抗酸化物質glutathione(GSH)の役割を解明する目的で、HFDマウスおよびNDマウスにTAを100 mg/kg単回投与し、各種検索を行った。その結果、TA投与NDマウスではTA誘発肝細胞壊死が重篤化する投与24および48時間後に肝臓の酸化ストレスマーカーが有意に増加したのに対し、HFDマウスではそのような増加はみられなかった。また、NDマウスに抗酸化剤をTAと併用投与することにより、TA誘発肝細胞壊死は有意に減弱した。metabolomics解析の結果、TA投与8および24時間後において、HFDマウスの肝臓ではNDマウスと比較してGSH生合成と消費が亢進することを示す結果が得られた。さらに、HFDマウスにGSH合成阻害剤をTAと併用投与して肝臓GSHを減少させると、TA誘発肝細胞壊死および肝臓酸化ストレスが増加した。以上のことから、HFDマウスの肝臓ではTA投与後にGSHの消費と生合成が亢進することでTA誘発酸化ストレスが打ち消され、その結果としてTA誘発肝細胞壊死が減弱することが示唆された。
次いで、p38 mitogen-activated protein kinase(MAPK)に着目して実験を行った。HFDマウスおよびNDマウスにTAを100 mg/kg単回投与し、肝臓のリン酸化p38 MAPK (p-p38 MAPK)についてWestern blot法で解析した。その結果、HFDマウスではTA投与8時間後からp-p38 MAPKが減少したのに対し、NDマウスでは投与24時間後でのみ肝臓のp-p38 MAPKが減少した。また、p38 MAPKは炎症を制御することが知られているが、metabolomics解析の結果、HFDマウスの肝臓はNDマウスと比較して増加する炎症性脂質メディエーターの数が少なく、炎症誘発の程度が弱いことが示唆された。さらに、TA投与後のp-p38 MAPKの減少が遅いNDマウスにp38 MAPK阻害剤をTAと併用投与するとTA誘発肝細胞壊死が減弱した。以上の結果から、HFDマウスにおけるTA誘発肝細胞壊死減弱メカニズムの一つとして、p38 MAPKのTA投与後の迅速な不活性化が示唆された。
本研究により、HFDマウスにおけるTA誘発肝細胞壊死減弱の機序として、HFDマウスの肝臓ではTA投与後にGSHの合成が亢進してTA誘発酸化ストレスが打ち消されること、およびTA誘発肝細胞壊死に関与するp38 MAPKが速やかに不活性化することが考えられた。本研究で得られた成果は、非アルコール性脂肪肝患者における薬物誘発性肝毒性のリスク評価をより高い精度で行うために、HFDマウスが有用であることを示すものである。